初めまして
うつ病18歳、藤井 芹奈(せりな)といいます。
高校三年生の学年で、今は退学して療養中です。
この記事ではまず私がうつ病になった経緯をなるべく当時の気持ちのまま綴っていきたいと思います。
STEP.1仮病を使う
まず私は時々仮病で休んでいました。
「今日は無理」
無理やり行こうともしませんでした
もはや諦め
次に私が高校を休んだのは2年生の頃
夏休み明けのことでした
「あ、学校行けないわ」
夏休み明け、成績に関わるテストがあるにもかかわらず2日両日休みました。
行けない。テスト受けられない。行かない。
親に仮病を使って休みました。
休み明けのことだ、行きたくないのは当然だろう。
次の日からは登校出来ました。
STEP.2涙が止まらない
夏休み明け、数日後に文化祭がありました。
文化祭が終わって初めての登校日、また起こりました。
「あ、行けない」
仮病を使って休もうと思いました。
でも両親が反対しました。
『最近休みすぎ。熱計って熱がなかったら行きなさい。』
お願い、嘘でもいいから熱の表示出てよ。
当然熱は無いわけで。それでも行くのを渋る私を母が車で最寄り駅まで送ってくれました。
車内で涙が少し。
涙を見せないように母の車から降り、電車に乗り込みました。
あ、涙止まんないや
電車で号泣。
マスクは涙と鼻水でぐちょぐちょ。
頑張って止めようとしてるのに止まんない。
どうしよう。
とりあえず涙止めてから学校まで行こう。
と思った私は乗り換えの駅の多目的トイレに入りました。(普通のトイレだと他の人にびっくりされると思って)
トイレに入った途端、声を荒らげて泣きました。
どうしようどうしようどうしよう
涙もっと止まんなくなったじゃん
無理だ、このまま学校なんて行けない。帰ろう。
と思った私は母に連絡を試みました。
母はもう職場。スマホは見れない。職場に直接電話しないといけない。
最初に出るのは事務さん。
深呼吸して何とか呼吸を少し整え(てたつもり)電話をかけました。
「もしもし、藤井をお願いします」
事務さんに泣いてるのバレずに言えた。
母が電話に出ました。
『どうした?』
「お母さん、学校行けない」
母の声を聞いたら安心して大号泣。嗚咽混じりにこの言葉を出してました。
『何があったの?今日はとりあえずいいから。
1人で帰れる?』
母に仕事を早帰りさせ職場に迷惑をかけたくない一心で
「1人で帰れる」
と言って1人で家まで帰りました。