商品販売の仕事をしているとおまけをつけてサービスする時があります。

 

「今回サービスでおつけさせて頂きますね」

 

そうするとお客様は喜ばれるわけですが。

 

しかしながらお客様の中には次もつけてくれることを期待し「前はサービスしてくれたのに今回はしてくれない」と不満を顕にされるお客様がいます。

 

挙げ句の果てには「よその店はあんなこともしてくれた、こんなこともしてくれた、それに比べて」と他店を比較に出し付加サービスを要求してくることもあります。中にはていのいい「脅し」か「ゆすり」といったようなものさえ感じる方々もいます。

 

 

話は変わり、何十年も前になりますが、駅のホームで車掌さんに罵声を浴びせかけながら大声で叫んでいる女性を見たことがあります。

 

その女性は発車寸前にホームに駆け込み、間に合わず、電車の扉は閉まり電車が発車しだしたところでした。

 

「少しくらい待ってくれたっていいじゃないのよ!」

 

「隣の駅の車掌さんは待ってくれたわよ!」

 

と凄い剣幕で車掌さんに対して大声で叫んでいた姿でした。

 

その女性は自分のせいで電車が遅れ何百人もの乗客が迷惑することなどこれっぽちも頭にはないのでしょう。

 

 

私たち人間は他者の善意から一度受けた施しをいつしかそれが当たり前のこととなり、次に同じ扱いがなされないことに対して不平不満を感じ怒りと憎しみを向けてしまいます。

 

 

「自分は特別な存在である」とし、いつしか特別に扱われることが当たり前になり、感謝を忘れ、善意からそれを施してくれた人を逆恨みします。

 

 

「こんなことになるならもうサービスはしない」

 

「逆恨みされるならこれからは情をかけず杓子定規に皆同じに対応しよう」

 

 

顧客対応をする側はそんな思いになってしまいます。

 

 

善意から良かれと思い相手に施すこと、それ自体は決して悪いことではないと思います。

 

相手によってはそれを理解し「今回もまた次もずっと」と要求してくるようなことはせず「この前は特別にご配慮くださり有難うございます」という感謝の気持ちを持てる方々もいらっしゃると思います。

 

しかしながらその時の特別な配慮や扱いがいつしか当たり前になり、次も同じ対応がなされなければ怒り、憎しみを向けてくる人々がいかに多いことでしょうか。

 

こちら側も「もううんざり」となり「こんなことならもう特別な配慮や扱いはしない」となってしまう方々の気持ちも分かる気がします。

 

勿論、相手を見極めてからそれをすることが出来ればよいのでしょうが、それをするにもやはり初回は分からないものだと思います。

 

何事も過剰なサービスなど行き過ぎは良くなく程々にとは言われますし相手を見てからとは言われます。

 

それは当然のこととは思いますが。

 

人間とはそのようなものであると

それも分かりますが。

 

 

「相手の善意に対し感謝ではなく怒りと憎しみで返す」

 

そのような方々がどれだけ多いことでしょうか

 

なぜそれが出来るのでしょうか

 

 

それについて当人に話そうものなら更に怒り出すため近寄りたくもないわけですが、そんな方々に限って向かってくるわけです。

 

 

そして元々は善意のあった方々でさえうんざりしながらひねくれてその心が曲がっていくこともあるわけですが。

 

 

 

自己中心的な人の心ではありますが私たち当人にはそのような自覚がないからそうなるとして、中には「自己中心的で何が悪いのだ、人間とはそういうものだ」とまで言い放ちそれを正当化する方々までいます。

 

 

 

そんな日常風景と人間模様を見ながらまた今日という一日が過ぎてゆく。

 

 

 

 

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