池袋で観劇のあと、フレッシュ山へ入山。
急遽出演の仁藤りささんは20時までということで出番は残り2回でした。本人いわく攻めていない格好とのことでしたが十分、攻めています。
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どなたかの写真で、レンガ壁の角を使ったいい感じのを見かけたのでマネしてみました。
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最近、いろんなモデルさんで、とりあえず儀式のように全身撮りをしています。
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なぜか脇撮りのほうがよく撮れたりします。自分のターンのときは何だかんだテンパってるのかもしれないです。
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仁藤さんは何も言わなくても、どんどん表情やポーズをつくってくれるので、あえての真顔をリクエストしてみましたが…
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(つづく)


青山ひかるさんの撮影会
初の屋外撮影、振袖も初めてだし、緊張はありましたが、とにかく楽しみながら撮りました。後から見返すと日差しが強いのをあまり考慮できてなかったなーとは思いつつ楽しかったから、いいや、という感じです←
枚数が多く訳が分からなくなったのでざっと選んだものをとりあえず貼っておきます。
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砂漠とムハメドたち

 拡声器が呻き声をあげていた。アザーンだ。礼拝の時間を告げている。近くのモスクの拡声器がアラーに祈ることを命じていた。

 目を覚ますと、開き窓の薄汚れたガラスから眩しい光が差し込んでいる。今日一回目のアザーンを聞いてからまた随分と眠り込んでしまったようだ。まだ意識が混濁しているし、足に重しをつけられているような疲労感があったが、開き窓を左右に押し広げると緑を基調とする細長いモスクが荘重にそびえたっている。頂きにはミナレットが朝日を浴びて光り輝いている。

 眼下には煤けた四角い家々が一様に黄褐色の屋根を見せながら林立している。人影はない。迷路のようなメディナの向こうには、港湾が開けている。昨日、ジブラルタル海峡を隔てたスペイン側の港、アルヘシラスから到着し、僕が初めて降り立った波止場には数隻の小型船が停泊している。

 昨日は港に到着するなり、噂に聞いていた通り、押し売りガイドの二人組の執拗な攻撃に悩まされ、結局百ディラハムの手切れ金で彼らを追い払ったのだ。百ディラハムを払うのであれば、彼らをガイドとして雇うこともできたであろうという卑小な思いつきを反芻している間もその場の感情の高ぶりで百ディラハムを突き出した僕の同伴者は、大柄な体格に似合わない小さな寝息をたてながら眠っていた。

 アルヘシラスへ向かうマドリッドからの夜行列車のコンパートメントで出会ったこのスウェーデン人とも今日の午前中には別れるだろう。彼は車を借りてこの国を巡るのだと言う。それはとても素敵な考えだ。しかし僕は列車で行くことに決めていた。

 モロッコ国鉄の車輌はフランスのそれの払い下げだ。所々にフランス国鉄の略称を塗り潰した痕跡を留めている。座席も通路の床も窓も惨めに薄汚れている。

 半分ほど席の埋まったコンパートメントの一席を占め、発車を待っていると、更に乗客たちが乗り込んできて席はすっかり埋まってしまった。彼らはそれぞれ自分の荷物を網棚や足元に押し込めていく。なかには足を縛り付けた鶏がじたばたともがき、暴れるのを悪戦苦闘しつつ布袋に詰め込んでいる輩もいて車内は騒然としている。いよいよ、出発だ。タンジェを離れ、まずは首都ラバトへ向かう予定だ。

 僕のバックパックはマラケシュで買った二反の絨毯のせいでずっしりと重くなっていた。限られた予算の中で旅行をしている僕にとっては馬鹿にならない金額で手に入れたこのベルベル人の手工芸品の価値に対する釈然としない心持ちが益々、バックパックを重くさせた。

 そもそも僕は絨毯を買うつもりなどなかったのだ。マラケシュのメディナを歩くためにはガイドを付けるのも悪くないと思ったのが間違いの元だった。勿論、モグりのガイドが仲間と結託して企む諸々の悪質な手口は、十分に聞き及んでいた。

 しかし冷やかすだけのつもりの絨毯屋でガイドと絨毯商に煽てられ、脅かされ、励まされて、僕は光の当たる角度によって美しく色の変化する絹の絨毯を買ったのだった。当初の言い値の半額となっても価格に対する不信感を拭い切れない僕に絨毯商は欺瞞に満ちた笑顔で「特別に学生割引料金だからね。」と告げた。道頓堀劇場に学生割引で入るような気分だ。

 ホテル・ガゼルの主人(おそらく主人、そもそもこの国では誰が担当者であり、責任者であるのかという問題は異邦人には分からない仕組みになっているらしい。)は僕の今日一日の道程を聞いて驚き、呆れていた。尤も、今日の移動距離には僕だって驚いていた。

 マラケシュ発の朝一番のバスでアトラス山脈を越え、カスバ街道を一気に走り抜け、エルラシディアに予定通り到着した僕は、更にバスに乗り合わせた日本人たちとタクシーに便乗して、サハラ砂漠の入口の街、エルフードまでやって来た。距離にして約六百キロメートル。上出来だ。

 タクシーと既に手配した明日の砂漠ツアーのジープ、共に料金は頭割りなので、同行者を見つけたのは幸運だった。

 日中は汗ばむ暑さとはいえ、十二月の夜は凍てつく寒さだ。まだ夜の明けぬうちに僕らはジープに乗り込んだ。持ち合わせの服を重ね着したものの寒さが厳しく震えがなかなか止まらない。街を抜けると次第に景色が広漠としてくる。小石だらけの路面は古びたジープを乱暴に揺さぶった。

 東の空が僅かに白んできた。薄くなり始めた闇の中から現れた四角い建物の手前でジープは停車した。左手に微かな光を照り返す水面が見える。湖だ。建物と湖の向こうに広がる幾つもの砂丘は闇の中ではまだ一個の黒い塊に過ぎない。

 二人のベルベル人に連れられて僕らは日の出を迎えるに格好の丘陵へ向かった。僕は例によって『乗り賃』を言い値の半額にした駱駝に跨っていた。ここではどんな些細なサービスにも値段が付けられる。事前の値段交渉を欠くことは命取りだ。

 彼方の稜線が赤く染まり始めると一つ一つの砂丘がなだらかな稜線をくっきりと描き出した。斜面には風が作り出した砂の襞が等間隔に浮き上がっている。

 鋭角に切り立った丘陵の頂きに腰掛け日の出を待つ。腰をずらすと砂がさらさらと流れていく。赤みを増す稜線に目を凝らす。上空はわずかに青みを帯び始めている。

 最初の光線がきらめいた。堰を切ったように太陽が照射を強め、驚くべき速さで上昇していく。太陽光線が無限に広がるきめ細かい砂の海を黄金に染める。凍てついていた体の芯がにわかに溶けていくのを感じた。

 僕は再びタンジェへやって来ていた。アトラス山脈の東側の街道を北上し、フェズ、メクネスに立ち寄った後、この港町に戻った。モロッコを時計と逆回りで概ね一周したことになる。

 僕は疲労困憊して海岸の砂浜に座っていた。何処にいっても金銭絡みのいざこざが絶えなかったからだ。僕はもう隠蔽された悪意と純粋な善意との区別がつかなかったし、見分けようとする努力も諦めていた。

 三十代に足を踏み入れていそうではあるが、まだまだ若々しい男が近づいて来た。彼はムハメドと名乗った。一体この国には何人のムハメドがいるのだろう。

 彼の根気強さに負けて僕は口を開き、僕を疲弊させる数々の悪意についての不満を述べた。ムハメドは悲しげに、また憤りを込めて僕を叱咤した。

 「そんな風に考えるのは止せ。」

 彼がこの国を取り巻く厳しい環境を説明するうちに、僕は少し恥ずかしくなった。彼は自分自身の失業について語ると同時に僕の留学生活における不安と不満に対し、熱心に耳を傾けてくれた。

 それから僕らは街を歩き、カフェに入りミントティーを飲んだ。別れ際の彼の握手は堅く、熱かった。

 明日、朝一番のフェリーで僕はモロッコを発つ。最後になって砂漠だけの国という印象を払拭するように、ここに住む人々の顔が見えてきた。フランスに戻ればちょうど、ヴァカンスが終わるころだ。留学生活という旅がもう少しうまく行きそうな気がした。