2011年3月11日、その日たまたま私は体調を崩して会社を休んでいました。
普段はパートに出ている妻も、学校行事の関係でお休みしていました。
長子である長女だけが何かの用事で大学に行っており、長男と二女も家に居ました。
14時46分過ぎ、兵庫県にある自宅マンションもわずかに揺れた気がしました。
「今、なんか揺れたよね?」というようなことを話した覚えがあります。
間もなくしてニュース速報。そして、見ていたTVの情報番組が臨時速報体制に変わりました。
最初は、三陸沖を震源とした大きな地震という情報だけでした。時間が経つにつれ徐々に状況が明らかになってきます。
阪神・淡路大震災を経験していますから、ただでは済んでいないだろうということは想像に難くなかったのですが・・・程なくしてヘリの生中継映像が。
その映像は、津波が物凄い勢いで、家屋や車両を飲み込みながら、河川を遡上する様を映していました。
もう津波の先端がかかろうかというのに、まだ たくさんのクルマの列が。
「えっ!?クルマ動いてるよ。まだ人が乗ってる!」。
「逃げてー!早く逃げてー!!」。
TVの前で叫べども届くはずも無く、家族全員で叫びました。
ただただ合掌。