引き止められて。
何度繰り返したかわからない。
“別れなきゃ” そう思って、もうどれくらいたっただろう。
好きとは違う気がする。
病気のように熱に浮かされたように、激しく変化する気持ちじゃない。
それはまるで小川の流れのように、
ゆっくりと、穏やかで
時々おこる変化といっても注意していないと見落としてしまうほどのもので。
それはでも決して「退屈」ではなくて、
でも「安定」などとも呼べなくて、―そんな感じだ。
人は生まれてきたらまずは親と関わって、
家族、親族とだんだん輪が大きくなっていき、
そのうち学校に通うようになると友だちなんかもできていく。
私は末っ子だった。
近所に年下の子もいたけれど
大人やお兄ちゃんや、近所のお姉さん、
自分よりも年上の人と関わるコトが多かった。
中学生になって部活で先輩後輩関係ができた時、
先輩との距離感がうまく計れなかった。
弱い面は見せたくなかったし、だから強がってしまうし、
後輩とのほうがずっとうまくいった。
そのまま大人になったけど、
私に限らず、たいていの人は、
親しい間柄の年長者からの相談や、
悩みを打ち明けられることになれていないんじゃないかな。
たとえば、常に近い存在に位置である年長者に位置する親は、
多くは、子どもに悩みを相談したりはしないでしょう?
「もう特別な“好き”じゃない。」
恋人から言われたら最も傷つくようなことばを、
私は何度も彼に浴びせている。
それなのに彼は、私の気持ちが
いつか戻るかもしれないからと言ってそばにいる。
友人にその話をすると、大抵
「愛されてるねえ」とうらやましがられるか、
「私だったらやだな・・・」と引かれるかのどちらかだ。
愛されてるね、と言われると、そんなことないと言いたくなる。
かといって引かれると、何も知らないくせにといらだつ。
私自身が、一体どうしたいのか、ずっとわからずに
残酷な日々と時間だけがどこかに吸収されて消えていく。
今日、そんな3つ年上の恋人から悩みを打ち明けられた。
前からずっと考え込んでいる風はあったけど、
ついに私に話してしまうほどすり減らっていたのか。
気付かなかったよ・・
1年以上付き合ってるけど、
何だか一番本音に近いものを今日初めて聴いた気がする。
第一印象は冷たくて、合理的で、現実的な人だと思っていた。
でも今日が本当に、印象が変わった日かもしれない。
周りが思うよりもあったかい。
完璧主義で、自分の弱みは見せたくなくて、
親しくしていても自分の中で絶対の一線があるような。
彼も大人に混ざって、とにかくがむしゃらに進んで、
気付いたら道に迷ってたのかな。
私は少しでも彼の勇気になれただろうか。
誰かの相談に乗るたび、最後はその思いで埋め尽くされる。





