
実は、もう25年ほどうつ病の治療をしています。
そして、今は減薬中。
酷い時より薬の量は格段に減っているけど、
やっとあと少しで治療が終わってうつ病を克服出来るのかもしれない。
以前は10種類くらいの薬を飲んでいたけど、最近は2種類だったのを1つ減薬して現在は軽い眠剤のみ。
その減らした薬の離脱症状が辛かった。
でもそれも乗り越えれば平気になるらしい。
まだ終わってはないけど、長かったよ、25年。
一生続くかもと思ってた。
それの終わりが見えてきた。
ここ7〜8年は仕事に行けるようにもなった。
それまでは美容院の予約をしても身体が動かず予約時間に行けずキャンセルすることが続いた。
時間通りに身体は動かなかった。
何故か、それは身体中に鉛が入っているような、指先まで鉛が入っているような重さがあって、指を動かすのにも体力を使う感じで、洗濯をしたくても立ち上がれず、四つん這いで洗濯機まで移動していたくらい、とにかく動けなかった。
些細なことも重労働で、洗濯機までたどり着いてもそこで呼吸は乱れ、スムーズには洗濯出来ない。
トイレもお風呂も何もかもが苦しく辛かった。
とても長い時間を経て、現在はバイトだけどドライバーの仕事をしています。
約1年半が経過しました。
その前のバイトも精神的にはキツかったけど、きっと私にはリハビリになっていたと思います。
行動的でポジティブだった若い頃、まさか自分がこんなに長い間うつ病で苦しむとは想像出来なかった。
うつ病になってわかったこと。
それは今まで普通だと思っていた周りの人達が、実は優しい人と冷たい人に分別された。
本当に優しい心の持ち主と、上辺だけ優しい人を演じてる人の区別がついた。
うつ病が回復してきている今、この25年間に遭遇した出来事を振り返る余裕ができた。
辛かったけど、毎日どうやって死のうか考えていたけど、それでも今私はドライバーの仕事をして、少しは必要とされて、それを支えに頑張れている。
カメラは好きだけど、少し前まで月の撮影で上手く撮れないとその日は諦めていた。
先日は、どうして微妙にピントが合わないのか、寒くてもカメラを微調整して原因をつきとめた。
今までなんで微調整しなかったんだろう。
この写真も、まだもう少し鮮明にしたかった。
現在の私かな。
あともう少し。
今夜もバイト。
トラックドライバーしてます。
若い頃にもやってたので、トラックに抵抗は無かった。
むしろ、今は3トン車なので小さいと思ってる。
スマホをいじってるとあっという間に過ぎる時間。
なのに、辛い時間は永遠に感じてしまう。
健康な人には楽しい時間は短く、うつ病には楽しい時間が全くないために、光のないトンネルの出口を永遠に探し続けるような、そんな苦しい時間の中に閉じ込められて、朝も夜も無いような、言葉では表現できないそんな闇から今はかすかな光が見えて、やっと自分がどんな人間なのか、分かってきた気がします。
うつ病だけじゃなく、全ての病気で苦しんでいる人に、少しでも優しくできたらいいな。
今も思い出すのは、息子が引きこもりになって数年経過した時、毎日「大丈夫、必ず立ち直るから」と自分に言い聞かせ、息子には無理をさせず見守っていた。
それがある日、突然就職して、心の底から「春不遠とはこの事だなぁ」と思った時のこと、それを知った知人たちの中で
「明けない夜はない」だの「やまない雨はない」だの、苦しい最中には何の励ましもしなかったヤツが、いかにも当たり前のようにそんな言葉を吐いた時に、こんな奴は友達でもなんでも無いと思った。
友達と思えたのは「良かったね、長かったね、辛かったね」と言葉をかけてくれた人達。
その言葉には涙が出たし今も忘れない。
優しい人とは他人の気持ちを汲み取ってくれる人。
そんな優しい人が周りにいてよかった。
うつ病の25年間には、やっぱり家族のことでも色んな事があった。
今はまだここに書けないけど、新聞に載るような被害にもあった。
まだ終わらないうつ病だけど、今日もバイト頑張ってきます。
明日は休みの予定。
ではまた。