安心って、どこにあるんだろう?
昔の私はずっと、外側に安心を求めていました。
でも今、少しずつ自分の中に安心を育てているところです。
これは、その途中経過の話です。
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自分の中に安心になるものがひとつもなく、外側に安心を求めていた私が、自分なりに少しずつ「安心」を育んでいるお話です。
これは現在進行形の話。
でも、自分の内側に安心感を育てていくことは、確実に“生きづらさ”を軽くしてくれます。
結論から言えば――
悲しいけれど、このテーマとは一生付き合っていくのだと思います。
でも!
安心感を育んでいくことで、落ち込んでも立ち直れる。
しかも、その「回復する力」や「スピード」がだんだん上がっていくという、すごい変化が起きるんです。
私はずっと、「凹まない安心」みたいなものをどこかで期待していました。
でも、そんなものはないんですよね。
何度も繰り返して、落ち込んできました。
それでも、大丈夫だったんです。
だって、今こうして生きている。ちゃんと今を生きてる。
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私の場合の「安心の育て方」
私は考えるのが大好きで、
「あれはどういうことだろう?」「これはなぜだろう?」
そんなふうに疑問を持っては、考え、検証し、自分なりの答えを出してきました。
だから、安心を育てるにも「考える力」をたくさん使っていました。
でもあるとき気づきました。
この「思考する」というスキルは、もともと私が得意だったわけではないということ。
感情を抑えなければ生きられなかったから、代わりに発達させてきた“生き抜くための術”だったのです。
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じゃあ、私の安心ってなんなの?
それは「人との関係のなかで得られるもの」でした。
共感や寄り添い、心のつながり。
……それって、自分一人じゃどうにもできないことやん!
そう思ったとき、私はすごく悲しくなりました。
自分の中に安心を育てたくて、たくさん向き合ってきたのに、結局は外側に左右されるってこと?と。
でも、ちゃんと「悲しい」と感じたら――
その悲しみは意外なほど早く消えていきました。
あれ?
落ち込んだけど、私もう回復してるよね?
ってことは、大丈夫なんじゃない?
そういえばいつも、どれだけ落ち込んでも、なんにも起きてなかった。
ただ「落ち込んだ」だけだった。
……じゃあやっぱり、私は大丈夫なんじゃないの?
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安心感って、いろんな角度から育てていくもの
「私は大丈夫」って思えるようになるまでに、私はいろんなことに取り組んできました。
私が人とのつながりで安心を得るタイプであることも、
思考は好きだけど、安心を育てるには向いていないことも、
どちらも“変えられない”私の資質。
その「資質を正しく知って、否定しないこと」。
そして、「できないことを無理に変えようとしないこと」。
これが、安心を育てる一歩になったんです。
一朝一夕にはできないけれど、積み重ねてきたことはちゃんと力になっていきます。
死ぬほど落ち込んで引きずっていた私が、
いまでは回復スピードがかなり上がっています。
かつて「そうなりたい」と願っていたその力が、
今の私の中にちゃんとあること――
それが、本当に嬉しいんです。
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今日も私は「安心感」を育てながら、今を生きています。
あなたにも、あなたなりの安心のかたちが見つかりますように。