空白…。

僕は空っぽだ。

名前、なんの為にいるのか、覚えてない。
ただ歩かなきゃ行けない気がした。
こんな僕でも…。

ただ…何か理由が欲しかった。
生きてもいいと…思える理由…。


随分と歩いた時…よくわからない森に着いた。
そこはジメジメしてて、変な生き物が沢山死んでいた。
その腐敗した空気を吸ったのか、気分が悪くなる…。
目の前がグルグルと回ってしまって。
僕はその場に倒れた。



何時間経っていたかわからない。誰かの声が聞こえた。

…い。

…?

おーい?

誰…。

大丈夫か?


薄っすら目を開くと、そこには大型の幻獣が座り込み、こちらを覗いていた。

「お前…大丈夫か?毒で死にかけてたんだぞ…?」

声を掛けられたが、返事が出来ず咳き込む。

「無理するなよ…応急処置はしたが、まだ完璧には抜けてないし…無理には話さなくていい」

僕は、何とか言葉を発そうとするけど
体の自由が聞かなかった。
そして目の前の幻獣はペラペラ話し出す。

「お前…なんであんな場所に居たんだ?同じ幻獣にしては珍しい…ほとんど白いし…子柄だなぁ!俺はヴィクトって名前だ!覚えててくれよ?」

正直煩い…なんだこの幻獣…。
話そうとしても僕は今話せないから、困ってると言うのに。
あれ…僕は…なんだ?

「食ってないな?随分、痩せてるな…待ってろ飯は俺がとってくるよ。仲間には黙ってねぇとなぁ…後々説明が面倒だ」

仲間…?仲間…。
僕は一人だった…。何故?
考えても覚えてない…思い出せない。
ただ歩いてきただけだ。

話すだけ話すとヴィクトは小走りで視線から居なくなった。

よくよく見るとここは洞窟?
僕が倒れた場所じゃない…。
運んでくれたのかな…。
まだ息が苦しい…声がでない…動けない…。
無理に動こうと必死になるにつれ…余計に体の自由は奪われた。

頭に酸素が行かずにとても気持ち悪い…吐きそうだ。
さっきのヴィクトが言っていた毒が抜けていないのは当たってるようで…
寝たきりのまま吐きそうになる。

「ぐっ…う、うぇっ…」

言葉にならない声だけが僕一人の洞窟に少しだけ響いた。



あのヴィクトって奴が出ていってからそんなに経っていないハズだったが
ヴィクトは駆け足で戻ってきた。

「よぉ、調子は…ってお前!?目が狭窄してるぞ!!」

「な…んでも…ないから…」

観察力がズバ抜けているヴィクトの指摘になんとか答えるが
僕の視界は狭くなるばかりだ。
死ぬかな…。

「リハイル!頼む!コイツ例の森に入ってて…奴らの死体…かなり吸っちまったみたいだ…」

「ヴィクト陛下…貴方様も危ないのですよ?気軽にあの森は入ってはいけませぬ…此奴の事はお任せを…貴方様に従います」

声だけが僕に残された感覚だった…。
リハイル…?誰だろう…。
ヴィクト陛下…偉い奴なんだ…僕には関係ないし
もう助からない…。

そんな事を考えてるうちに意識を失った。




「リハイル…仲間達には言ってくれるなよ?」

「陛下の命令なら…ただ此奴は少し変わってますね…あの毒でこうも生き長らえるとは…」

「俺にもわからない…コイツ、成りが小さいし、見た目も随分…な?」

「はい…そうですね、不思議な奴です…私は部下の所に戻りますが…陛下は?」

「コイツから名前も聞いてないしなぁ…もう少し待つよ、苦労かけるな…リハイル」

「大丈夫ですよ、陛下の命令は私には絶対ですから…では」

リハイルを見送ると俺はため息をつく。
陛下って柄じゃない。
こんな俺に忠誠を誓うリハイルは変わり者だし、俺についてくる仲間達もだ。

所でコイツ…息はあるよな?
リハイルの処置は適切だったから、何とか命は拾ったが…普通死ぬぞ?
あの毒が回りきって助かったのはコイツが初めてだ。
奴らの攻撃さえなければ…俺の為に仲間が死ぬ事も無かった…。



「うっ…!あれ…生きてる…」

目が覚めた時には洞窟内も暗闇で随分長い事
意識がなかったみたいだ…。
言葉も話せた…けど暗闇で何も見えないな…。

「起きたか…調子はどうだ?」

「…僕を…助けた?」

「あぁ、仲間がな。ところでお前、名前は?」

「……覚えてない…僕が何者で何処から来たのかも…ただ歩かなきゃ行けない気がしたから…歩いてただけ…」

「名前…覚えてない…のか…」

暗闇でヴィクトから見えていないハズなのに随分
見えているような言い方をされて僕は少し困る。
名前を聞かれたのが一番困ったんだけど…知りたいのは僕だ…。

「うーん…呼び名がねぇのは俺も困る…あっ!そうだゼロって名前はどうだ?お前!」

「ゼロ…?」

ヴィクトはいきなり名前を僕につけた。

「いい名前だろ?ゼロ!」

「………」

「気に入らなかったか…?」

「…いや、僕は自分の名前を知らない…それでいい……歩かなきゃ…行かなきゃ…」

「こんなに暗いのにか?俺は夜目が利く、だからゼロの姿も見えてる…食い物持ってきたんだ…朝まで待つか、せめて食ったらどうだ?」

僕の視界にはヴィクトは見えない…。
ただ、ヴィクトが何故
僕を助けたのか…僕に食べ物を持ってきたのか…名前をくれたのか…色々わからなかった。

「ヴィクト…?」

「なんだ?俺の名前覚えててくれたか!」

「何故僕を助けた?介抱する理由もないだろ…名前も」

「ははっ…名前だけ嫌そうな言い方だな、特に助けるのに理由がゼロにとってはいるのか?」

「僕は……けふっ!」

ゼロ…まだ回復してないか…後記憶がない…まさかな…。朝まで見ててやろうと思ったが…これは仲間達の所にしばらく戻れないな…。

「ゼロ…質問しておいて悪いが、とりあえず今日は休め。まだ多少なりとも毒はあるからだろ…咳…」

「……わかった…」

僕にはわからない。ヴィクトが何故僕を助けたのか、名前をくれたのか…。
朝まで…回復に専念しないと……。




翌日。
僕の体調はかなり良くなっていた。
あんなに辛かった呼吸もすんなりできる…。
ところで…ヴィクトが寝ていて起きない…。
何度か声をかけたんだけどな。
恐らく僕の介抱で起きていたんだと思う…。
でも…行かなきゃ…。


「さよなら…僕の名付けの方…」

それだけ言うと、僕は介抱されていた洞窟を抜けて
外に出る。
雑草や花にキラキラ光る水滴…。
これをなんて言うんだろうか…

そんな事を考えながらひたすら歩いた。



「ふぁーぁ…寝すぎたな…あれ!?ゼロ?!」

くそっ!心配性が仇になった!
いつ居なくなった!?
持ってきた食料もそのままじゃないか…。

アイツには…ゼロには何もない…
俺が居てやらねぇと…きっとトラブルに巻き込まれる…。
焦って洞窟を出て走り出す。


しばらく走り続けたがゼロの気配はなかった…。
どこへ…。
奴らに襲われる可能性もある…
陛下という立場で一人きりの行動…リハイルに怒られるな…。



「ここは…なんだ…変な感じがする…」

僕はかなりの距離を歩いていたが…着いた場所は水辺の辺りだった…だが…妙な気配…。
僕は何も覚えてないから…この感覚がなんなのか
わからないな…。

しばらく辺りを見渡すと、こちらを高台から数頭の鹿の幻獣が見ていることに気づく。

なんだろう…僕が何かしたんだろうか…。

変な目で見られているのはなんとなくわかった。

僕はどうしていいのかもわからず、立ち尽くして幻獣を見返すと、話しかけようと思った。

「君たち…何?そんな遠くで僕を観察して…」

相手側は黙ったままだ…。
なんだか気分が悪い。ずっと黙ったままこちらを見ている。

「少しは、会話しようと思わない…?僕は君達には興味がないから…そんなに見られても困るんだけど」

その時だった。
一匹の幻獣が目の前に飛び降りてきて、僕の前に立つ。

「何?僕は行かなきゃいけない…。悪いけど邪魔だよ…話す気もないのに目の前に立たないでくれるかな?」

僕の倍以上の体格を持った鹿の幻獣は何をするのかと思えば、急に頭を垂れ
懇願してきた。

「我ら少数の幻獣…貴方様の姿はとても変わっていたので、こちらに被害がないか見させて頂いた所存で御座います…どうかお見逃しを…」

「僕はあいにく食べる趣向がないから…君達を襲う気も無いし、戦闘を僕は知らない…邪魔だったね…僕は行くよ…」

僕は素っ気なく告げると頭を垂れる鹿の幻獣の横を素通りした。

「待って頂いけますか…!貴方様の姿…創造主の神王様を少し変えたような…姿をしていらっしゃる…」

「…?誰?それ…創造主?」

僕はわからず、首を傾げる。
何を言ってるんだコイツ…。
神王様…?創造主?
意味がわからない。

「この幻獣の世を創り出した永久の命を持った神です…」

「ふぅん…申し訳無いけど、僕は知らないし…その神?とやらに似てたとしても、僕は関係ないから…」

この幻獣…悪い奴ではなさそうだけど…
その神に何かされたのか?
他の奴らが僕の前に来ないのも、その神に僕が似ているから?

まぁそんな事知ったってなんの意味もないし…僕がこの幻獣達の恐怖の対象なら去るべきか…。

「君達の好きに生きればいい…君達にはその理由があるんだろ?…僕はまだ歩かなきゃならない…もう行く…」

僕が発した言葉に何も言わず…鹿の幻獣は後ろへ下がっていった。
僕は…なんだ?恐れられてる…?



続く