上階の部屋から物凄い音が聴こえてきた。床を思い切り蹴りつけたような、重みのある鈍い音が数回。いくらここが安普請のボロアパートだとは言え、欠陥と言えるほど壁や床が薄いような住居では流石にないので、相当大きな衝撃がないとあの音は鳴らないはずだが……何か大きなものでも落としたのだろうか。それとも流行りの日曜大工というやつだろうか。……まあ、いい。深夜ならばまだしも、まだ夕陽さえ落ちていないような明るい時間なのだから、そう目くじらを立てる事もないだろう。もしも続くようなら、天井を箒の柄か何かで小突いてやればいい。それですぐに収まるだろう。
今はそんな事よりも画面内……つまり、ゲーム内の警戒をしなければならない。とりあえずこの地帯はオールクリア──のように見えるが、あと一分もすれば安全地帯範囲が縮小される。どの範囲が選択されるかは神のみぞ知る、つまりは賭けという事になるのだが、まあ、どの範囲が選択されようと移動ルートの確保はある程度してある。幸いなことに物資は潤沢にあるし、六倍スコープで辺りを見渡す限りに於いて、高台から狙撃される可能性も少ないだろう。あとは、思わぬ襲撃──奇襲というやつに注意しておけば問題ないはずだ。
生存者数は──そうか、もう十人を切っているのか。北の丘の向こう側から微かに銃声が聴こえたが、恐らくそこで数名倒れたのだろう。立地的に見て、生き残った者は左手に見える岩の裏辺りに移動し、こちらからの襲撃に備えている可能性が高い……と、言っている内に安全地帯の縮小が来た。よし、ツイている! こちら側はまだ安全地帯内だ。これで移動はせずにジッと待ち受ける事が出来る。
戦場での勘──と言うのだろうか。今日はかなり冴えているようだ。経験が物を言っているのだろう。
着々と生存者数が減っていく。
六……五……四……三…………。
ダンッ──という轟音。
「しくじったか!」と思ったが、違った。体力ゲージは依然として変化していない。つまり、今の音はゲームから聴こえる銃声ではなく、上階の住人が再び騒がしく床を叩いた音だったという事になる。今度は数回に亙る騒音ではなく、一度のみだったが、「チッ、うるせえなあ……」と集中力を途切らせてしまったのが悪かった。
右手の丘上から、Kar98kの飴玉が弾けるような銃声がしたのと同時に、ゲーム内の体力ゲージが防弾ヘルメットと共に一気に消し飛んだ。確殺ではなかったにせよ、所謂"死に寸"の状態まで、ただの一発で追い込まれてしまった。
「ヤバイ!」と声を発したときには、既に何もかもが遅かった。咄嗟に取った我武者羅な回避行動も虚しく、もがく自分のキャラクターのドテ腹を次弾が抉り、瞬時にリザルト画面が表示された。ゲームオーバーだ。
真っ白になった頭に向けて、腹の底から熱い怒りが迫り上がっていく。やかましい近隣住民のせいで戦績に傷──とまでは言わないが、勝てる戦いで思わぬ黒星を喫してしまった。
「さっきからドンドンドンドンうっせえんだよ! 死ねやクソが!」
気付いたときには布のクッションを天井に投げつけながら怒鳴り散らしていた。我ながらどうかしているとしか思えない。が、それでもまだ怒りは冷めず、「あー畜生、マジで腹立つわ。何なんだよ上の家。クソが」などと、ひとり悪態を吐きながらアプリケーションを閉じ、布団に転がり込む。
……しかし、あの音は本当に一体なんだったのだろうか。相当重い物でも落とさない限り、あんな音がするはずないのに……と、そう考えたところで、そう言えば上階の部屋には気味の悪い夫婦と一緒に、小学校低学年くらいの子供が二人住んでいるのを思い出した。……ああ、そうか。もしかしたら、夕飯時を前にして子供がはしゃいでいるのかもしれない、と。そう考えれば得心が行く。いや、それならば腹の虫も収まるのかと問われれば、それは否としか答えようがないので、『得心は』と言ったほうが正しいかもしれないが……。
けれど、普段はあんなふうな物音が聴こえることはないゆえに、やはり不思議だ。考えてみれば、あんなはしゃぎかたをするような子供だとはとても思えない二人だったような気がする。ご近所付き合いが皆無とは言え、すれ違った事くらいなら何度もあるが、あの子供達は見るからに根暗そうな、ともすれば、引き籠もりとも取れるような生白さの……。
スマートフォンで徐に違法ポルノサイト開きながら思考を巡らせていたが、お気に入りの女優が乱れているサムネイル画像を目にした途端、そんな詰まらない思考は脳の彼方、裏の裏のほうへと消え去って行った。動画を再生させながら下半身の衣類を脱ぎ捨てると、ムクムクと勃起し始めたペニスが天井へと向かっていくのを感じた。
「アイツが帰ってくるのも時間の問題だからな、早く済ませないと」などと思考を完全に切り替え、完全体へと進化を遂げた息子をしごく。数分後、さきほど物音のした天井に向かって、俺は勢いよく射精をした。