こんにちは。
今回は2回め。彼が通院するところまでをお話したいと思います。
ちなみに前回はこちらです。
退院から通院まで(1/2)
宜しければお付き合い下さい。
紹介状をもらって、仕事にぽつぽつとアナが空くようになって、時間は退院後1ヶ月が過ぎていました。あらゆる面で割り切れた私は、折にふれ「医者に行っといた方が良い」と口にしました。
当初「一人で行く」と言っていたのですが「起きられなかった」「疲れた」など言い、どうも一人では行く気が出なかったようです。
「一緒に行くから。敵(病院)を知らずに非難するのは変でしょ。病気じゃない、飲んでも上手に付き合えば大丈夫ですよ、と言ってもらおうよ」と説得し、しぶしぶながらも日付を決めて誘い出すことに成功しました。
当日、病院へ出かける前にビールを飲もうとしていたので、慌てて止めました。「これからアルコールの病院へ行くのに、なんで自分を具合の悪い人に見せようとするの!」と言いましたが、耳に届いていないようでした。改めて彼は完全な依存症だと理解しました。
最初はひとりで看護師の方(?)と面談。生い立ちやら何やらいろいろ聞かれたようです。一息ついて先生に呼ばれました。少し話をすると、なぜか私も病室へ呼ばれました。理由は簡単です。彼が先生の話を「斜に構えて」聞いているからでした。…なんていうんですかね、彼が「どうせマニュアルどおりに喋ってるだけでしょ」というか「通わせて金を稼ぎたいんでしょ」と言ったような空気感をまとっていたんです。
「あなたは重症なアルコール依存症です。通院を強くお勧めします」
最初の面談から含めるとトータルして2時間半、先生に言われても全く響いていませんでした。
外堀から埋めるしかない。
私は彼のご両親に「うちの会社で働いてもらうなら、治さないと無理だ」と相談しました。
会社に「治療のためしばらく休むが、戻る場所を残してほしい」と頼みました。
彼に「3ヶ月で良いんだから、とりあえず通って」と訴えました。
毎晩毎晩、彼のもとに通って説得しました。
頑なだった彼の態度が少しずつゆるんできました。どうやらお母さんも毎晩のように説得されていたようです。
しばらくしたある日、彼のお母さんが上京。お母さんと二人で病院へ行ってました。
さらにしばらくして、再び彼のお母さんが状況。今度は私も呼ばれ、三人で病院へ行きました。この頃は仕事に行きたくても起きられない自分が、自身でもおかしいと思い始めていたようです。
「…通います」
先生とお母さんと私の前で、ようやっと言ってくれました。
退院後1ヶ月、説得を始めて2ヶ月。つまり紹介状をもらってから3ヶ月も経ってしまいましたが、彼のことを心配する皆の思いが結実した瞬間でした。
今回は2回め。彼が通院するところまでをお話したいと思います。
ちなみに前回はこちらです。
退院から通院まで(1/2)
宜しければお付き合い下さい。
紹介状をもらって、仕事にぽつぽつとアナが空くようになって、時間は退院後1ヶ月が過ぎていました。あらゆる面で割り切れた私は、折にふれ「医者に行っといた方が良い」と口にしました。
当初「一人で行く」と言っていたのですが「起きられなかった」「疲れた」など言い、どうも一人では行く気が出なかったようです。
「一緒に行くから。敵(病院)を知らずに非難するのは変でしょ。病気じゃない、飲んでも上手に付き合えば大丈夫ですよ、と言ってもらおうよ」と説得し、しぶしぶながらも日付を決めて誘い出すことに成功しました。
当日、病院へ出かける前にビールを飲もうとしていたので、慌てて止めました。「これからアルコールの病院へ行くのに、なんで自分を具合の悪い人に見せようとするの!」と言いましたが、耳に届いていないようでした。改めて彼は完全な依存症だと理解しました。
最初はひとりで看護師の方(?)と面談。生い立ちやら何やらいろいろ聞かれたようです。一息ついて先生に呼ばれました。少し話をすると、なぜか私も病室へ呼ばれました。理由は簡単です。彼が先生の話を「斜に構えて」聞いているからでした。…なんていうんですかね、彼が「どうせマニュアルどおりに喋ってるだけでしょ」というか「通わせて金を稼ぎたいんでしょ」と言ったような空気感をまとっていたんです。
「あなたは重症なアルコール依存症です。通院を強くお勧めします」
最初の面談から含めるとトータルして2時間半、先生に言われても全く響いていませんでした。
外堀から埋めるしかない。
私は彼のご両親に「うちの会社で働いてもらうなら、治さないと無理だ」と相談しました。
会社に「治療のためしばらく休むが、戻る場所を残してほしい」と頼みました。
彼に「3ヶ月で良いんだから、とりあえず通って」と訴えました。
毎晩毎晩、彼のもとに通って説得しました。
頑なだった彼の態度が少しずつゆるんできました。どうやらお母さんも毎晩のように説得されていたようです。
しばらくしたある日、彼のお母さんが上京。お母さんと二人で病院へ行ってました。
さらにしばらくして、再び彼のお母さんが状況。今度は私も呼ばれ、三人で病院へ行きました。この頃は仕事に行きたくても起きられない自分が、自身でもおかしいと思い始めていたようです。
「…通います」
先生とお母さんと私の前で、ようやっと言ってくれました。
退院後1ヶ月、説得を始めて2ヶ月。つまり紹介状をもらってから3ヶ月も経ってしまいましたが、彼のことを心配する皆の思いが結実した瞬間でした。