今から40年以上前のことである。上野公園は四月の優しい日差しに周囲の風景が包み込まれ私は充実した気分で都美術館から出て来た。今日は小学生からの親友、向川真希さんと19世紀のフランス絵画の美術展を見に来ていた。二人で上野公園を歩きながら平林さんはどの絵が気に入った。と聞かれ、私はモネが良かったけど、向川さんは。と尋ると私もモネが良かった。淡い色調だけどピサロやシスレーよりずっと存在感というか、そんなものがあってルノアールの「ピアノを弾く少女」も良かったかな。色調も綺麗だし温かい感じが伝わって来た。などと話していた。向川さんから突然、ねえ芸大に行ってみない。と言われ私も高校時代美術部だったので芸大には興味があった。上野公園から芸大へ向かうことにした。芸大の前まで来て向川さんが入ってみましょうよ。と言ったので大丈夫かなと思ったけど彼女が何か言われたら芸大の学生ですと言えばいいのよ。と言ったがでもどう見ても私たちは芸大の学生という雰囲気ではなかった。ブランド品を持ち歩いている様な格好で絵を描く人にはとても思えない。芸大の中は樹木に覆われ自然のままに深い歴史の中で今でも息づいている様に感じられた。新しい校舎というかアトリエ的な建物が点々とあり、中を覗くと大きな絵画やオブジェが制作段階という感じで置かれていた。今日は休日だったので学生は殆どおらず向川さんが本当は学生を見に来たのにと言っていた。でも何人かの学生に出会った。二人は共に「えーやっぱり」何か希望があると言うか目が鋭いと言うかやはり他のキャンパスの学生とは少し違う感じがした。芸大を後にし上野駅に向かう途中、向川さんが芸大の学生と付き合ったらカッコイイわよね。と言い、私も同感だった。渋谷で別れ井の頭線の久我山の家に帰り、家族と食事をしている時今日の話をし、私も今の短大ではなく芸大に行けばよかったのにと話すと、父が、馬鹿言え、お前なんてそんなことで食っていけるかと言われ、まあそれもそうだなと思った。当時短大に通って1年、私は何か大きな壁から解き放たれたような解放感で徐々に心が和みダンスパーティーや合同コンパで今まで味わったことのない世界で羽を伸ばしていた。
そんなある日、高校時代の友人で岡本麗子さんと言う一浪して音大に行った友人から電話があり「平林さんお久しぶり。お元気?私音大のオーケストラの同好会に入ってビオラをやっているの。今度の土曜日の昼間、上野のホールで演奏会があるの。良かったら来て下さる。」「ええ行かせてもらうは。」彼女は1年生でただ一人抜擢されその演奏会に出られると言う。彼女は一浪しているから1年生なのだ。「凄いじゃない麗子さん。才能があるのよ。」「それはどうか分からないけど詳しい地図とチケットを送るので是非いらしてね。」そして土曜日、薔薇の花束を携え、取ったばかりの免許で父の車を借りて出かけた。