

前回、私の理想の道院として、平田篤胤先生の「宮比神御傳記」の挿絵を紹介しました。
何故そのような理想を持ち続けてきたのか?自分でもよく分かっていません。
私が宮地水位先生、宮地神仙道の事を知った時には、曾て高知県の五台山にあった神仙道本部は、存続していませんでした。
五台山は、牧野植物園がある山です。
今、神仙道本部があった場所はどうなっているんだろう?と思い、以前牧野植物園の方に聞いてみると
「さぁ~」
って言われてん…。😑ちょっと窓から覗いてくれてもよくない?😤
「神仙道の本」にかなり詳しく神仙道本部の事が書かれています。神仙道本部が消滅した理由には諸説あるようですが、清水宗徳先生がある道士の方に後を託そうとされた事は、どうやら事実のようです。
その方には、受けることが出来ない事情がおありだったようですが、次善の策はなかったのか?私は残念でなりません。私は、何故か子供の頃から先輩にとても可愛がってもらいました。もし、神仙道本部が存続していたら、先輩の道士方に可愛がってもらえたかもしれません。😔
しかし、神仙、師仙方は、三人の先輩道士との縁を結んで下さり、お三方から、弟のように可愛がってもらいました。血の繋がった実の兄弟以上に。本当に幸せでした。人生であのような経験をさせて頂き、一生の思い出を作って頂きました。心から感謝しています。
私は、長年宮地神仙道に全てをかけ、全てを捧げてきました。あんなによくしてもらったら誰でも道の為、宮地神仙道の為に全てを捧げたいと思うことでしょう。
私は、この世に神仙方がお許しになられないことは起こらないと思っています。神仙道本部が消滅した事は神仙方の御心だったのだと思っています。
このまま永遠に閉ざされたままでいる事が神仙方、師仙方の御心なのかもしれませんが、再び今の時代に宮地神仙道が開かれることになっているのであれば、私もその候補だと思っています。
私のように宮地神仙道に全てをかけ、全てを捧げ、長年今日のこの修法で人生が終わってもいい、再び帰ってこれなくてもいいと、毎日、毎日死んだつもりになって修法を重ねて渡世をする道士は二度と現れないと思っていますから。
私は、神仙方、師仙方の御心に叶わないことは、決してしませんし、私より優れた道士は、私の恩人の方以外にもおられるでしょうから、出過ぎた真似は決してしません。が、私に天命が下れば必ず動きます。
「荘子」刻意篇に
感じて而る後に応じ、迫られて而る後に動き、已むを得ずして而る後に起ち、知と故とを去りて、天の理に循(したが)う。
とあり、これは、私の理想。
私は、以前からどうしても最後にもう一人の道士の方とのご縁が待っている気がしていました。そして、私が旗を掲げるのを待っている人達がいるとも。🥰気のせいかもですが…。😑
しかし、私は、今住んでいる家が今現在神仙が私にお与え下さっている道院だと思っています。そして、道の為、宮地神仙道の為私の全てを捧げ、もし、私がお役に立てるのであれば、私の全てをご自由にお使い下さい。と日々祈っています。その私の全ての中に、当然このブログも入っています。
今回は、宮地神仙道についての私の思いを書きました。次回は、私の肉体について書きたいと思っています。
今回はこれで。
姫。そのまま、貴女のままで。
神仙の御心のまにまに。
神仙の御国の来たらんことを。
