産休ギリギリまで働き、無事に産休。

今日は37週の検診。今週から毎週検診だ。

あとは無事に産めますように。

初産だから、40週すぎるでしょ…



しかし、37週検診で、

今日にでも産まれるかもと…



えーーーーー、聞いてないよ。

てか、ギリギリまで働いたから準備しきれてないし…。

結局自宅待機、夜22時、スマスマ見てたら破水。

あの日のビストロSMAPは

海老蔵さんだったような…。

破水が凄すぎて、8年経った今でも

リアルに記憶に残ってる。

そして、陣痛タクシー、登録したばかりで、

名前ないだの何だの。

タクシー会社もパニック💦


何とか病院着き激痛と戦ったのは、わずか30分。

予定外の展開に、大学病院の若い助産師

さんは私の前で、全員パニクりキャーみたいな…

みんな、落ち着いて〜、産まれてくる方見てよ〜

と言いたくなるくらい誰も肝心なとこ見てない…

危うく墜落出産だわ…

なんとか、無事産まれたが、早すぎて、

感動も何もない。トドメが、夫の一言。

「あー、頭痛い、頭痛いから、早く帰っていい?」

ん?笑えない。何かが違う。


それが、私が気付き始めた一言だった。

地方が実家で母は再婚し絶縁状態だから、

手伝う人いないし、病院にお願いして

10日間入院させてもらった。


退院した日、帰宅して見たあの光景、

忘れない。


急な破水で即入院になり、皿洗いとかできず

入院したが、10日前の流しが指一本触れられず、

ぐちゃぐちゃ、山積みでそのままだった。

じゃぁ、夫は10日間どうしてた?

皿洗いとかやりたくないから、

触らないようにそのままにし、

出たゴミは自分のだけ捨てていたらしい。

怒り?呆れた感情?人生で味わったことのない

感情になり、気付けば機関銃のように

暴言連発していた。




苦しくなる、

わずが2600gの1人では生きれない命を抱きしめて

発狂していた自分。

今思い出しただけで苦しくなる。

小さい子を胸に発狂する日の始まりだ。

できるならば、やり直したい。巻き戻しして、

子供の記憶、私の記憶、全部上書きできたら、

あんな発狂した私の姿消したい…。

夫の記憶?そんなのはない。

無駄なことは自然に消去される。

ストレスを感じない。

相手に殺されるんじゃないかってくらい

怒らせても、無駄な記憶でしかない。

ある意味羨ましいが、あそこまで度を越すと、

一緒には生きていけない。普通じゃない。


本当に、やり直せるなら、産まれたばかりの

赤ちゃんを胸に怒鳴り散らした日々を、

希望に満ちあふれた日々に戻したい。




今、娘がパパと認識した以上別れられず

一緒に暮らすが、更なる問題が起き、ドロ沼だ。

夫と義母は、私が通うカウンセラーによると

間違いなく発達障害で、物理的距離を

勧められたが、実は夫の弟もまた、究極の

発達障害とわかりつつある。

そんな中、義母認知症発症し毎日方々で

トラブル起こし、週5デイサービス預けている。

義母も理解できない事いろいろされたから、

一生孤独に死んで行きますように〜と願い続け

ました。が、実の息子である、夫の弟夫婦に

騙され、孤独な生活をさせられている。

私だって人間だから、そりゃぁ、感情的に、


ざまぁみろとな…


ならなかった。

惨めな義母の姿に、可哀想と思ったり。

でも、許せない気持ちも別である。複雑だが、

人に迷惑かけてるから、いろいろ介護してる。



そんなこんな、義母の介護し、忙しく、

こっちが死にそうなくらいクタクタな毎日。

2月からブログ更新できずだったが、

発達障害しか周りにいないこの日々キツすぎる。

一人娘が唯一まともに話せる相手。

パパのアスペルガーも娘には伝えてます。

彼女の理解が、今の私の救い。

まだ8歳だから、あまり物分かりよくてもだが、

私の救いは、発狂する私の腕の中にいた

小さな命だった娘だ。