フガ爺とかいう生態を認知してから、QOLが少し上がったというか、生活に笑顔が増えるようになった。
元アイドルの配信者に「共〇党は好きか?」とDM出来るギャグ線の鋭さ。わたしは一生勝てる気がしないよ。
好きな人の好きなものを把握するかどうか問題、恐らく知りすぎない、が限りなく解に近いと思った。
その人のすべてが欲しい、という源泉によって言動を規定してるとしたら、たぶんその人の興味も好みも許容出来なくなる。矛盾してるけど。
だから、自分以外に気が向いてるのが許せない、とか、ベクトルを外に向けることを許可したとしても嫉妬したりして、束縛に繋がる気がする。
何書いてるかわたしもわからんす、ごめんね。
ある程度の放任主義を保ちつつ、お互いの譲れないところは主張すること、当たり前すぎて何言ってんだって話なんですけど、人間は思ったよりコレが出来ない生き物らしいですよ。
振り返れば、わたしは全てを安心感というものに放任して、結果的に怒らせてたことが多かったように思う。もうお互い大人になってますが。
わたしのようなメンヘラ体質あるあるで、「愛してあげること」というのは「相手に時間を割くこと」とか「相手にお金を使ってあげること」みたいに認識してる人が多い。
だから、喧嘩したり何かトラブルがあると「わたしはこんなにも愛してるのに」とか口にする。わたしはよく口にされた側でしたけど。
愛す愛されるに見返りを求めるとこうなってしまうから、それならもう風俗やホストに大金払って相応のサービスを受けた方が需要と供給がマッチしてるよね。あぁ、最近は全く行ってないので、オキニは返信すらしてくれません。
「ほかの女とエッチしたでしょ?なんか責め方変わってるんだけど!そういうの、わかるんだからね!」って言ってくる嬢はお前しかいねぇよ。
愛されたいなんて、実は結構烏滸がましいというか、選ばれた人間だけが享受できる特別な権利なのかもしれません。アイドルはその機会が多くて羨ましいね。
一般人如きで愛されたい、ってのは本当の意味で家族以外ではなかなか実現しないんじゃないかな。
長々と書いてきたけど、主張を通せるのはそれに見合った顔面と中身がないとダメなんだよ。わたしはこれをお前のために書いてるからな。
この世の男女事情は、アガペーを念頭に置く男とルッキズムの上位にいる女が最強なんだよ、さっさと理解しろ、バカたれ。
わたしはそれでも少しは愛されたいですね。
び(17)