現在、血液型と性格などの本が出版され、本も販売部数を伸ばしているようだが、多くの生命科学者の間では、人の血液と人の性格には全く無関係であるという定説がある。

私達が血液型と言いますとA型、B型、O型、AB型に別れます。

赤血球による血液型の分類法の一種。1900年から1910年ごろにかけて発見された分類法で、最初の血液型分類である。

A型はA抗原を発現する遺伝子(= A型転移酵素をコードする遺伝子)を持っており、B抗原に対する抗体が形成される。

B型はB抗原を発現する遺伝子(= B型転移酵素をコードする遺伝子)を持っており、A抗原に対する抗体が形成される。

O型はどちらの遺伝子も持っていない。A抗原、B抗原それぞれに対する抗体が形成される。

 

 

 

AB型は両方の抗原(A抗原およびB抗原)を発現する遺伝子を持っており、抗体形成はない。ウェキペデアより引用、

最も広く流布しているのは、ABO式血液型によって人の性格を分類できるという都市伝説である。

当初は日本人の医学者、教育学者、心理学者などにより学説として研究されたが、その後にその妥当性を巡って学会で議論が起き、紆余曲折を経た後、学会で否定された。

だが、この説を説く一般向けの本が多数出版されたことや近年日本のマスコミにより繰り返し流布されたことによって、日本、韓国、台湾等一部地域で、それを信じる人やそれを信じているかのような言説が増えた。それらの国々では「血液型」は今や経済的価値を生み出すコンテンツの一種となっており、無数の関連商品及びソフトが市場に流通している。

血液型と性格との間に特殊な関連を設定した統計的な検証も行われてはいるが、そのような関連を裏付けるような統計データは得られてはいない。

科学的な根拠が存在しない仮説であるにも関らず、一部の人達の間で科学的な説として扱われることがあるので、今日では疑似科学の1つに数えられる。

また、社会心理学では、血液型気質相関説をとりあげ、このような説が社会に流布してしまう仕組みや、このような説が流布することによって人々の認知にどのようなひずみが生じるのか研究している論文などが活発に書かれている。

こうした学問の世界での検証結果や研究成果はなかなか一般世間には伝わっておらず、最近までテレビ番組等のマスメディアにおいて話題としてさかんに用いられていた。また、今でも世間ではABO式血液型と性格を関連付けて語る事が一時の興として行われていたりする。だが、これらは不当な偏見や差別その他の様々な問題を生む要因を孕んでいるとして、問題視されている。

 

 

 

私の見解は、血液型と人の性格は関係ないと考えている。その理由は、人の脳の刺激や実体験、記憶、親の躾や会話などで人の性格は決定するからである。

良くA型の人は几帳面で真面目、気弱であるなどと本などに書かれているが、これも日本人の40%A型であり、脳生理学的に説明すると「日本人気質」なのである。日本人には世界中でも希な「S遺伝子」と言う、ストレスなどに弱い遺伝子を日本人の97%以上の人達に持っている遺伝子である。

だから、気弱、几帳面と等と表現されるのである。

また、人の性格は親から受け継いだ遺伝子、例えば私の母がせっかちなのだが、私もせっかちである。また、父親は優しいのだが、私も人には優しくしている。

このように親からの遺伝と生活環境や子供の頃の育った環境、例えば親から虐待を受けた子供は親に成って自分の子供の虐待をすると言います。

このように子供の頃に育った環境が大きく左右するのである。実体験などの記憶も性格を左右するのである。

また、血液型による性格などの本が売れたのは、女性たちの「共感」による「人の心理」からです。女性同士であなたの血液型はと尋ねられ、A型と応えると本の内容を信じている人なら、几帳面などと説明すると「当たっている」と(同調)するものです。それは、友達などとのコミュニケーションの中で、間違っているとか、科学的根拠に欠如しているなんて批判したら、友達は口も聞いてくれなくなる恐れがあるから「半信半疑」でも、疑いを持たずに「当たっていると応え」無難にこなすのです。こうして、広まって「血液型による性格」の本がビックヒットになったものです。

私は「感覚の研究者」です。人の性格と血液型には「科学的根拠」だけではなく、医学的にも根拠はありません。医学界では常識です。

人の性格は「脳の特徴」であり、体験や育ってきた環境など様々な要素が考えられます。血液型で単純に人の性格は分からないというのが真髄です。

センスプロデュース研究所、荒木行彦