永遠の意味は、物事の変化を意識するための概念である時間に対して、変化しないものの概念であり、常に移ろい過ぎ去っていく時間に対して、不変のものを言う。

また、時間が有限であるのに対し、永遠であるということは無限であるということもある。

有形、無形を問わずそれが何時の時点から存在するかを推し量れない過去からある、何れであってもそれが過去から現在に、更に際限のない未来へと不変の状態や形式で無限に存在し続けること。

芸術や哲学、宗教にとって、重要なテーマである。

永遠が限りなく「無限」とするならば、永遠の命や永遠の魂などが存在するはずである。ところが、現実的には永遠の命などは存在せず、人は肉体が滅び、心停止や脳死状態時に「人の死と定義」している。

但し、身体が滅びても「魂は永遠である」ということです。

例えば、私も経験がありますが、私の知り合いの女性に、戦国時代の武将の浮遊霊が憑依し、性格が激変して、言葉遣いなとが荒くなり、私に「この世を糺すから協力して欲しい」。荒木氏の力添えが必要だと、その女性から言われ、何かおかしいと思い、推理したら、戦国時代、推定400年前の諏訪周辺の武将が戦国時代に戦いで亡くなったようで、その無念が強い「思念」として残り、数百年もの時間を魂が彷徨っていたものです。

それが関わり合のある人を探し求めて「憑依相手」に出逢えたものだったのです。

 

 

 

こうして、人の魂は数百年以上も彷徨い続けたり、存在して居たり出来るのだが、果たして「永遠に存在」出来るのかに関しては、疑問が残るし、永遠に魂は存在するのかは、現在のスピリチャル科学、研究では解明出来ないのが現実です。

では、恋愛や人を愛することに「永遠の愛」は存在するのか?、あり得るのかと皆さんも疑問に思う人は多いと思います。

私は「永遠の愛は存在する」と肯定的な意見を持っている一人です。

それは、私自身が十数年前に、女性の人の魂と出逢い、繋がったことや憑依されて「霊的覚醒」に目覚めたことが切っ掛けでした。

その方から、愛のメッセージを貰ったことがあります。「私とあなたには別れなんてないのよ!あなたが私の魂に気付いてくれたから、ずっと一緒なの・・・お別れは無いわ!!永遠に一緒です」。とメッセージを貰ったことや、前世からの定まった関係、繋がりがある関係だったことを教えてくれたことで「永遠の愛」を理解出来て、確信したものです。

そして、永遠の繋がりは、私が来世に旅立つ時に、来世で待ちわびている居る人の存在がそうです。

 

 

 

行彦さん何時も、ありがとう!何時もあなたと一緒です。これからも、ずっと一緒です!!だから安心して傍に居るから!これからも、いつも、いつもあなたと共に歩みます。

一生の間で、こうした永遠の繋がり、永遠の愛の人に出逢えるのは、ほとんどありません。結婚して、家庭があったりしていると中々出逢えるものではありません。

こうした「永遠の繋がり相手」に出逢うことは極めて難しいものです。

ましてや「魂(ソウル)と魂の繋がり」でないと私たちのような「永遠の繋がり」「永遠の愛」の関係になれないという事です。

私たちのように「宿命的な人」前世からの繋がりがある相手でないと永遠の繋がり合いには成れないという事です。

センスプロデュース研究所、荒木行彦