イエスの御生誕の年は

紀元前6年とか紀元前4年と言われるが、

私は紀元前6年生まれだと思っている。

日本では垂仁天皇24年である…

 

 

実はちょっと面白いことがある。

イエス生誕の翌年…

垂仁天皇25年、

武渟川別彦国葺大鹿嶋物部十千根大伴武日

五大夫を集めて先帝の偉業を称えて神を祀ることを誓った。

同年、天照大神の祭祀を皇女の倭姫命に託した。

 

 

イエスの生誕の翌年に

こんなことがあったとは驚きだ。

垂仁天皇は天照大神を祀り始めたのである。

倭姫命に託して…

 

 

天皇家は

明治になるまで

伊勢神宮を参拝したことはない。

天照大神が皇祖神というのなら

天皇家はなぜ参拝しなかったのか?

 

 

そして…

倭姫命は天照大神を祀ろうとして

日本各地を二十数箇所も巡っているのだ。

二十数箇所…

恐らく天照大神は

日本人になじみのない神だったのだろう。

祀り場を求めて倭姫命は彷徨った。

 

 

倭姫命の苦しい旅は

伊勢の地で終焉を迎える。

それは天照大神の意向によるものだった。

天照大神は伊勢の地を気に入り、

この地に鎮まることとなる。

 

 

イセ…

という地名が心に引っ掛かっていた。

そこには何か秘密がありそうである。

ヘブライ語のイシャ、またイェシュアは

「助け」「救い」を意味する。

イエスも同様に「神の救い」を意味する。

イエスキリストを「イサ」と呼ぶ国もある。

伊勢(イセ)という言葉のルーツは

ヘブライ語なのかもしれない。

 

 

伊勢、

イサ、

イエスキリスト

助け、神の救い…

 

 

天照大神の巡幸は

イエスの生誕の翌年から始まった。

当時の日本と古代イスラエルには

何らかの繋がりがあって、

イエスという神の子を

日本で神として祀ったのだろうか?

 

 

伝説によれば、

天照大神は女神ではなく

本来は男神だったという。

だとしたら…

天照大神=イエスキリストもありうる。

天皇に代わり天照大神に奉仕した倭姫命は 、

さしずめ神の妻のマグダラのマリアだろうか。

 

 

天照大神が

イエスキリストだと言うなら、

それを祀った垂仁天皇とは何者なのだろう?

青森県新郷村にキリスト伝説があるが、

そこにこんな面白い話があった。

 

 

キリストが日本へ初めて来たのは

11代垂仁天皇の御代で、

日本海沿岸の橋立の港に上陸し、

越中の国に至り、

当時この地におられた尊き方の御弟子となり、

日本の言葉や文学を習い、

さまざまの修行を重ねていた。 

かくて11年の修業を終えたキリストは

33歳になって日本を去った。

 

 

なんと…

垂仁天皇の御代に

イエスが来日したと言うのだ。

あながち青森のキリスト伝説は

デタラメなどではなく、

何からかの根拠があるのではないか?

キーワードは垂仁天皇である。

 

 

恐らく、

垂仁天皇は

イエス生誕の年からイエスを知っている。

だからイエス生誕の翌年から

天照大神を倭姫命に託し、

天皇家の皇祖神としたのだ。

 

 

この謎は深く

なかなか解けそうもないが、

日本とイエスの繋がりを匂わせるものではある。

伊勢神宮を20年毎立て替えてきたことにも、

きっと深い意味があるはずなのだ。