少し前の話です。
Sくんは、目立たない生徒です。
ある日の授業後、教卓の上を片付けていると、「先生は、今日の放課後、どこにおられますか?」と聞くのです。
「図書館にいますよ」
「ちょっと相談したいことがあって・・」
「進路のこと?」
「まぁ・・」
授業後、Sくんが、少し微笑みながら図書館にきました。私はペンとA4用紙を持って、
いちばん奥の机に座りました。
聞く体勢になり、話を促しました。「僕の父は40歳で、母は47歳です。妹は中学3年生、弟は小学校6年生です」
(ん?これは進路の話じゃないかも)と感じました。
「僕が小学校1年生までは、母はすごく一生懸命に子育てをしてくれました。父も仕事を辞めて、両親で子育てをしたのです。」
「僕が小学校1年生になったとき、父は愛知県に単身赴任しました。それ以来、父は年に3回しか帰ってきません」
「僕が小学校2年生のとき、ひどいイジメにあいました。それ以来、母のビールを飲む量がふえたのです。」
Sくんのお母さんは、お酒を飲むと豹変するというのです。
お母さんは、テレビを見ながらロング缶を4、5本飲むという毎日。
3人の子どもたちを異常なやり方で支配していました。約束を破ると電気・水道・ガスを使用してはいけないというルールです。また、暴力も振るっていました。
また、家事をSくんにやらせ、気に入らないと大事で怒鳴るので、子どもたちは、逆らうことができないそうです。
小学校5年生のある朝、Sくんは、ゴミ出しを忘れて登校しました。その夜、「なんか言うことあるやろ」とお母さんに言われ、わからずに黙っていると、いきなり殴られたそうです。暴力はこの頃からエスカレート。
警察が来たこともあるそうです。中学2年生のとき、家出もしたそうです。
私は、「お父さんは知ってるの?」と聞きました。電話で話すことはあるけれど、「何もできない人」だと。
Sくんは、高校生になり、アルバイトを始めました。2万円を家に入れるようにとお母さんに言われしたがっています。
クラスに親しい友達Rくんができ、休みの前日、スマホゲームを楽しむようなりました。
お母さんの許可を得ても、お酒が入るとスマホを取り上げます。
Rくんからは、「何回、ドタキャンするんや!お前とは付き合われへん」と言われます。
お母さんの怒鳴り声がスマホから聞こえ、
RくんはSくんの状況を理解しました。
お母さんに逆らえなかったSくんが、お母さんに歯向かいました。そうしたら、左手首に噛みつかれたのです。「2分くらい、噛まれてました」赤い傷跡を見せてもらうと歯型がくっきり。
なぜ私に話してくれたのか。疑問に思いました。1学期に、アル中の話を授業でしたことがありました。「先生ならわかってくれるかと」
「担任の先生は知ってるの?」「いいえ。お母さんはPTAの委員とかしてるんで、担任はボクの話を信じてくれないと思います」
2時間40分、Sくんの話をメモをとりながら聴きました。「よく話してくれたね」「はい。もう限界で」
これは、猶予ならないと思いました。数年にわたる虐待です。でも、教師は家庭の問題には深くは踏み込めないのです。
Sくんに、学校だけでなく、しかるべきところに動いてもらわないといけないと話しました。学校には、相談窓口があるし、スクールカウンセラーもいます。窓口になるのは、やはり担任の先生です。「話してもいい?」「お願いします」Sくんは頭をさげました。
翌朝から、動きました。担任の先生、保健室の先生、カウンセラー、管理職にも報告し、児童相談所が入ることになりました。
10日後、クラスの友達Rくんと一緒に報告に来てくれました。Rくんは、私に相談した翌日、家出したSくんを泊めてくれた友達です。
「Rくん、ありがとね」と言うと、頷いて、「やばいっすよ、こいつのとこ。泊めるしかないって、ウチのおかんも」と厳しい顔で言います。
隣で微笑むSくんに「大丈夫?」と聞くと、「ん〜。暴力はなくなりましたけど」と言います。「とにかく高校を卒業して、自立したいです」
授業のとき、Sくんを見ます。Sくんも私を見ます。ちょっと安心します。学校と行政がサポートして、安心して暮らせるようになってほしいと心から思います。