漢検の「先取り」は本当に必要?

 

通っているくもん教室から、漢字検定のお知らせがきました。

 

前回は迷わず申し込みました。
外部テスト、そして漢検という役立つ資格が取れる機会を、一度は経験しておいた方がいいと思ったからです。

学年相当の級は出来そうだったので、挑戦で1学年上の級を受けました。

結果はまだ来ていませんが、おそらく大丈夫そうです。

 

さて、今回はどうしよう?

2学年先取りの級を受けるべきか?

 

感情としては、今のうちに取れるものは取らせたい。
でも冷静に考えると、単に子供の負担を増やしているような気もする。

 

この矛盾を整理してみます。

 

 

 

1. 学校の学習と重複する

 

漢字は、学校の授業でも宿題でも必ず学びます。


ということは、先取りして漢検の勉強をすると、

同じ漢字を二度・三度やることになり、結局、先取りした分だけ“重複”が増えます。

 

例えば、小2の子に小3範囲の漢字を先にやらせても、
結局学校でまた同じ漢字を一年かけて学ぶことになります。

子どもの限られた学習時間を、

「もう一度やることが決まっている学習」に使う意味は、本当にあるのでしょうか?

 

勉強は時間が有限だからこそ、何にどれだけ配分するかが大事です。
とくに漢字は体系的に学校で習う仕組みが完成しているぶん、
「先取りの優位性」が見えにくい教科でもあります。

 

 

2. 漢字以外の経験を削ってしまう

 

漢検は、テキストで練習すればするほど得点できるようになります。


だからこそ、「やめ時」が見つからず、

 受ければ受けるほど、際限なく上の級を目指したくなります。

 

漢字の先取りは、やろうと思えばどこまでもできてしまうのです。

 

しかし、子ども時代には、漢字以外にも大切な経験が山ほどありますよね。

 

戦いごっこやお人形ごっこ、自作の歌を歌いながらダンスすること、紙の棒をひたすら細く丸めること…

 

そんなことに夢中になれるのは、今しかありません。


それらを削ってまで、漢字だけをひたすら深掘りする必要があるのか?

 

こう考えると、ますます過度な先取りに対する違和感が生まれます。

 

 

3.親の焦りと、承認欲求

 

効率性の前に、親の心を大きく揺さぶるものがあります。

それは、「子どもの優秀さを誇りたい」という、親自身のステータス欲求です。

 

漢検の先取りは、クラスメイトや親同士の会話の中で、「うちの子は今◯年生だけど、もう◯級まで取った」というステータスになりやすいです。

この承認欲求が、冷静な判断を鈍らせてしまいます。

 

さらに、不安を掻き立てられるのが、集団受験という限られた環境の価値です。

 

くもん教室から案内された「漢字検定のお知らせ」に沿って申し込めば、受験の手続きが簡単で、親の負担が少ないです。

 

さらに、団体受験なので、慣れた教室・顔見知りのメンバーで受けられるため、子どもが安心して受験できます。

 

「今」を逃すと、次回は個人で会場を探し、緊張感のある場所で受け直さなければならないかもしれません。

 

頭では受けなくてもいいと分かっているのに、

「でも、この安心できる機会は二度とないかもしれないよ?」と気持ちが揺さぶられます。

 

この不安を抑えるのは、子どものためを考えるほどに難しくなります。

 

 

4.「やりたい」は本心か?

 

効率性や受験機会の話は、あくまで大人の都合です。

 

それより大切なのは、

「子どもは本当に心からやりたいと思っているのか?」という視点です。

 

うちの子に「漢検、受けてみる?」と聞いても、数秒考えて、明るく「うん!」と言うだけでした。

やりたいと言ったらえらいから」と、どこか親の機嫌をうかがっているような返事で、本気で夢中になってやりたいという熱意は感じられません。

 

漢検は成功体験になりやすい反面、親が勧めすぎると、

「自分がやりたいから」ではなく「親に褒められたいから」になってしまいます。

 

子どもの限られたエネルギーを、本当に夢中になれる分野ではなく、親の期待に応えるだけの学習に費やさせているのではないか? 

 

「漢検の先取り」という枠に囚われて、子どもの自由な発想や可能性を狭めてしまうリスクもあると思いました。

 

 

結論:「できる→楽しい→もっとやる」の循環に期待

 

迷っているだけでは何も進まないと思い、受験を申し込むか決めないまま、まずはテキストだけ買ってみることにしました。
 

そして、子どもの机にそっと置いておきました。

 

「なにこれー!やったー!これやっていい!?」

 

新しいテキストに大喜びする姿を見た瞬間、
「ああ、私が本当に大切にしたいのはこれだった」と思い出しました。

 

勉強は、できるようになると楽しくなる。
楽しくなるから、もっとやりたくなる。

 

この「学びの循環」をつくるために、私は漢検という仕組みを使いたいのだと気づきました。

とめ・はね・はらいの定着とか、親としての不安解消ももちろん大切です。
でも、それ以上に大切なのは——

 

子どもが「自分から学びたい」と感じられる環境を整えること。

 

今回の先取りは、まさにその環境づくりに役立っていると実感しました。

 

ただし、子どもを守るためのルールは、親として必ず守ります。

 

 

漢検のことで子どもを絶対に怒らないこと。

 

合格にこだわって無理をさせないこと。

 

睡眠時間や外遊びの時間を優先すること。

 

明らかに合格ラインに届かない場合は、精神状態を見極めて判断する。
 (挫折から立ち直れそうなら挑戦、漢字が嫌いになりそうなら欠席)

 

 

漢検は良い目標だし、成功体験になりやすい資格です。
でも同時に、「やればできる」がゆえに際限なく広がる学習でもあります。

だからこそ親には、
感情と効率、そして子どもの本心。

どれか一つだけを見ても、うまくいかないのが子育てだと思います。

 

もちろん、新しいテキストの喜びはずっとは続かないし、

やる気が出ない日もあるでしょう。

 

頑張らせるか、ちょっと気合を緩めるか。

その時々に応じたちょうどいい距離感を探しながら、子どもを支えていきたいと思います。