18.秘密のキス | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

18.秘密のキス

周りが慌しく動いている。

自由人。

誰が私をそんな風に呼び出したんだろう。

私はそんなに自由じゃない。

私は、みんながそこに居るからきっと飛びまわれるんだと思う。

帰る場所がなくなることを、自由人は一番怖がっている。

みんなが何処かへ行っちゃうと、私は何処へも行けなくなる。

帰ってくるよね?

私は、この場を離れる事ができない。

何処へ行っちゃうの?

一人、取り残されたみたいだ。


彼から電話がくる。

しばらく聞いていなかった着信メロディー。

私は一呼吸置いてから電話に出た。


「はぃ」

「もしもし?」

「はぃ」

「はぃじゃないやろ」

「もしもし」

「最近どうしてる?」

「何もしてない」

「テストどうやった?」

「あぁ、バッチリ!100点取れた教科もあったよ。あ、でも教えてもらった数学だけは69点・・・」

「お前、最悪やな!100点取るとか言うてたやん」

「ごめんなさい」

「まぁ、よく頑張ったよ」

「うん、卒業も決まったし」

「お、おめでとう、って早いな?」

「ありがとう。うん、本来去年やったから。要は単位落としてたって事」

「そか。バー最近こんよな」

「うーん、色々忙しくて」

「そか・・・最近みんなバラバラやなと思ってさ、俺も忙しいけど」

「そうやね、みんな明日の事考えてるから」

「1回、遊びに行かへんか?」

「二人で?」

「そう、考えたらお前と二人で出かけたことなかったし」

「うん」

「飯でも食いにいくか!」

「うん」


彼からご飯に誘われた。

平静を装ったが、内心ドキドキだ。

何故誘われたんだろう?そんなことばかり考えた。

彼女以外とは遊ばないと言っていた彼が何故?

自問自答しようとするけれど、私は絶対答えなかった。

自惚れんなよ!もう一人の自分が答えをだす前に渇を入れる。


「もしもし」

「はぃ」

「はぃじゃないやろ」

「もしもし」

「家の前ついたけど、出てこれる?」

「ちょ、ちょっともう5分待って」


本当は準備万端。

だけど、何かを忘れてるような気がして家を出れない。

眉毛は描いた、マスカラ塗った、口紅OK、洋服はおかしくないだろうか?

うーん、あとでトイレ行きたくなったらいけないし済ませておこう。

お腹のガスとか全部出して行きたい。

緊張すると絶対オナラしたくなるもんな。

どうしよう。

眉毛、濃いかもしれない。

もう少しぼかして行こう。


「もしもし」

「は、もしもし」

「今、はぃ言うたやろ!?」

「言うてないよ」

「出来た?」

「うん、今から出るね」


深く深呼吸して家を出た。

車のライトが私を照らしてる。

彼の顔が見えない。

向こうからは私がよーく見えてるんだろうな、何だか恥ずかしい。

そっと車のドアを開ける。

彼の顔を見ずに、助手席に座った。


「遅い」

「ごめん」

「何?可愛くしてきたん?」

「普通だよ!いつもと一緒」

「ふーん、俺の為に頑張ってくれたのかと思った」

「まさか!」

「ファミレスでいい?学生さんはお金がないから」

「うん」


バーの彼とは全く違うのでとても緊張する。

よく笑う彼。

よく話す彼。

多分、こんな彼の姿を見る人は少ない。

彼は私のほか、誰にこの姿を見せているんだろう。


「お前、最近よく笑うようになったよな」

「いつもじゃん」

「そうじゃなくて、本当に楽しそうだよ」

「また、その話か。うん、でもあなた以外は相変わらずですけど」

「俺だけ?」

「うーん、あなたに無理やり心開かせられてるんやけどね」

「別に嫌やったらえぇよ」

「ごめん、そんなことないよ」

「お前、絶対可愛くなるよ。絶対お前は変わる」

「そう?」

「あぁ、もっと素直になれよ」


彼は私の心の何処を見て、そんな自信たっぷりに可愛いだなんて言えるのだろうか。

彼に言われると、そうなっても良いなって思える。

傷ついた心もきっと癒せる気がしてくる。


「最近、ホンマみんな付き合い悪いよな」

「何?断られてばっかりなん?」

「いや、誘ってないけどな」

「思い込みかよ!」

「でも、みんな忙しいし、お前くらいちゃう?俺の相手してくれるのは」

「可哀想な子」

「可哀想言うな!」

「あははは」

「友達って何なんやろうな」

「何?急に真面目になって」

「お前の友達って何?」

「私の友達?うーん、唯一利用できる人間かな」

「利用?!俺も利用されてるってことか?」

「言葉は悪いけど、お互いが必要としてるって事かな」

「どちらかが必要としてなかったら終わりってことか?」

「かもしれない・・・」

「それって寂しくない?」

「でも、こちらがどんなに必要としても、相手がそうじゃなかったら、どんなに追っても去っていく」

「お前が必要としなくなったら」

「うーん、しばらくは側にいるかもしれないけど、多分、離れていくと思う」

「助けてやれる友達もいるんじゃない?」

「どうだろう・・・あなたの友達って?」

「よく解からんけど、少なくとも俺は必要とされてるのなら側にいるよ」

「でも、相手はいつか気付くよ。あ、必要とされてないんだな・・・助けられてるだけなんだって・・・。それに気付いた時の相手の気持ちって考えたことある?裏切られた気分だよ。すごく胸が痛い。重荷になりたくない、この人の前から去ろう、きっとそう思う」

「かもしれんけど、俺は裏切ったつもりはない。守りたいと思う」

「つもりはなくても傷つける」

「お前もいつか離れていくんか?」

「私は、あなたが必要だよ」

「そうか・・・あくまで利用か・・・」

「親友とはそれで10年続いてる。明日、親友でなくなるかもしれない。友達に保障はないよ。だけど、私はきっと明日も彼女を必要とすると思う。不思議だけれど、これから10年先も必要な気がする。そんな不思議な感覚が親友なんだと思う。一生利用しあっていくの。困った時は助けられて、彼女が困っていたら私は何が何でも助けるの。私は、多分どんどん変わっていく。変わらない人間なんて居ないから。そんな変わっていく明日の自分を必要としてくれるかどうか。もしも、変わっていく明日の親友が必要なければ離れてく」

「その人ではなく、その人自身を見てるって事か・・・」

「ま、そんなとこ・・・そういう事何て言うんやったっけ?」

「イデア?」

「そうそう、ってか、友達とは・・・の話が万物的スケールの話になっちゃったね」

「お前と話してるとおもしろいわ。そんなに考えて疲れへん?」

「こういうの好きだから」

「じゃさ、卵が先か鶏が先かどっちだと思う?」


この手の話で負けた気分になったのは、彼が始めてかもしれない。

私が口喧嘩がつよいのは、こういった答えのない話でも人を負けたと思わせられる言葉を知ってる事だ。

だけど、私は始めて負けたと思った。

彼の話はおもしろい。

とても興味深い。

もう一言言ってやりたいけれど、悔しい何も出てこない。

「俺の勝ちー」

彼が子供みたいに笑う顔を見て、負けでいいやと降参した。

彼ともっと話していたい。

私がもっと強くなったら、ずっと話していられるかな・・・。


気付けばもう夜中の3時を回っていた。

時計を見たら急に眠気が襲ってくる。

嫌だ、帰りたくない。

彼に眠いなんて悟られないよう、頑張った。


「出ようか」

彼がそう言ったことに少し落ち込んだ。

車に乗り込み、私は少し無口だった。

私の家が近づいてくる。

あの角を曲がって、3つの信号を越えて、もう1度曲がったら、あとはまっすぐ進むだけ。

自然に私は体を左に傾けてた。

うわー、すごく静かだ。

さっきはあんなに話していたのに・・・。

「なんかさー」

彼が静寂をやぶった。

「このまま帰りたくないよな」

「え?」

「もう少し話さへんか?」

「え?!」

「えぇか?」

「うん」

「じゃ、湖岸行こうか」

私たちは夜の湖へ向かった。

湖を囲む湖岸通りには、駐車場がいくつも並んでいて夜のデートスポットになっている。

広い広い駐車場には、等間隔で並ぶ車。

全てがカップルだ。

駐車場から公園と繋がっていて、公園を抜けると砂浜になっている。

灯りは一切ない。

月の光が湖を照らし、跳ね返った月光は駐車場までキラキラと照らしている。


彼は何も話さない。

気まずさ?そんなものは一切なかった。

無言という時の過ごし方がこんなに気持ちがいいものなんて初めて感じた。

こんな気持ちよさに、睡魔は一気に襲ってきた。

「おぃ、寝るなよ」

彼の声が遠くに聞こえる。


朝の光が目をつむった瞼に痛かった。

目が開けられない。

とても気持ちがいい。

起きなきゃいけないな、仕事もあるし・・・。


目を開けようとしたその瞬間。


彼が私にキスをした。


開けようとした目をギュッと強くつむりなおす。

どうしたらいいの・・・。

彼は私が起きた事に気付いたんだろうか。

目をつむったまま悩む私に彼が声を掛ける。

「おぃ、起きろよ!帰るぞ」

彼の言葉に私をそっと目を開けた。

そして、彼との初めてのキスを胸にしまった。



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