14.企み最終幕 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

14.企み最終幕

大嫌いな女から解放され、私は毎日座りなれた男友達の車の後部座席で気を緩めた。

フワフワして気持ちがいい椅子。

ふっとため息をつくと、全身の力が一緒に私の体から出ていったかのように感じた。

ゆっくり、私は横になった。


「せのり?」

「ん?」

「せのり?」

「ん?」

返事するのが面倒だ。

家に着くまで放っておいてほしい。

「何であんな奴とカラオケなんか行ったん?」

「ノリ」

「あんたは好きなものは好き、嫌いなものは嫌いってはっきりさせる子やと思ってたけど」

「究極の選択なんじゃないの」

「どちらも嫌やった。そういうこと?」

「なんだっていいやん」

うるさい。

今夜は疲れた。

聞きたい事があるなら、はっきり言えばいい。


静かだった。

この車には三人も人が乗っているというのに、静かだった。

音を探れば、エンジン音や体が椅子に擦れる音や息遣いの合間に、デジタル時計が変わる音まで聞き取れそうだった。


「着いたけど・・・」

男友達はエンジンを切った後、そっと私に言った。

「ありがとう」

ゆっくり体を起こし、戸を開けようと手を伸ばした。

「帰さへん・・・」

親友の怒りにも似た低い声に、驚きはしなかったが体がビクッとすくんだ。

そっと親友の方を見ると、前を向いたまま煙草に火をつけていた。

顔は見えない。

怒っているのか解からないが、話がある、しかも長い話だと親友の背中が呟いていた。

仕方なく、私はゆっくり腰を下ろした。


「何?」

「あんた、ウチに隠し事してるよね」

「別に、言わなきゃいけない事は全ていってある」

「私は、聞かなきゃいけない事を聞いてない」

「だから、何?」

「あんた、前の男と別れてから1年、ずっと好きな人はできひかったみたいやけど、好きな人おるんじゃないの?」

「いるけど、それは言わなきゃいけない事?」

「いけない事ではないけど、聞かされない方の気持ちを考えれば判る事でしょ」

「聞きたいっていうだけで、私はここまで追い込まれなきゃいけないわけ?」

「・・・・・・」

「帰りたいんやけど」

「・・・・・・」

親友がだまった。

いや、私が黙らせた。

よく、解かってる。

私だって、こんな事されなければ1番に彼女へ報告したと思うから。

親友が言っていることは正しい。

だけど、私は自分を正当化した。

親友は口喧嘩が苦手だ。

彼女は自分を正当化させたりしないから。

気持ちの熱い人間だ。

聞きたい。それ以上でもそれ以下でもない。

私はこれ以上彼女を傷つけたくはなかった。

私には、彼女のように人の心を熱くさせるような熱い気持ちがない。

冷たく、酷い言葉で相手を傷つけることしかできないから。


「もういいんじゃない。お前もよく解かってるやん。帰してあげたら?」

男友達がこの場をおさめようとそう言った。

そんな言葉に親友は背中を押されたようだ。

「あんたは黙ってて。もう今は二人の問題なんやから」

「それやねんたら、二人でやればえぇやん。俺が此処にいる意味がない」

二人の会話は、解かるようで理解できなかった。

三人の問題のようにも聞こえるし、男友達がいるからこその話し合いにも聞こえる。

ただ、私が誰が好きなのかという詰まらない議論なのに。


「はっきり言う。せのり、あなたは誰が好きなの?」

「言わない」

「もうせのりちゃん言った方がいいよ」

「言ってどうなるの?その男が私の事好きになるわけ?」

「いや、付き合う事はできひんけど・・・」

男友達がフライングした。

それに気付いたのは私だけなのだろうか。

二人は私に無理やり告白させたがっている。

二人で仕組んだと思われる告白ゲームは、グダグダだ。

何故、私が好きでもない男に告白せねばならない。

しかも、告白される側が仕組んだこの場で。

フラれる人間を見て笑いたいか?

そんなに女をフリたいか?

フル為の言葉も考えてんだろう?

ムカつく。

絶対に言うもんか。

「なんで、そこまで意固地になるん?誰が好きか言えばいいだけやん」

「それじゃぁ、あんた達も言えばいいじゃん」

「私は今いないもん」

「そいつの事気にいってたんじゃないの?指輪貰って嬉しそうにして、ベタベタいっつもくっついて」

「それは・・・あんたの為やん」

「それが私に何の為になった?」

「それは・・・」

「此処までさすって事は、気付いてるって事やろ。お二人さん」

「・・・・・・」

「気付いてるならそれでいいんじゃない?当たってんじゃないの?」

「だから、言ってほしいって言ってるやん」

「解かった。言うわ。ただ、あんた等のしてきた事がほんまにウチの為になったか、よく考えや」

「・・・・・・」

「ウチは、あんた等が思ってるように、そいつの事が好きやった。あんた等が、ウチに対して嫉妬させようとしてたんも気付いてた。だけど、もう好きじゃない。人を好きになってこんなに後悔したんは、初めてや。親友にも好きになった相手からもこんなに馬鹿にされて・・・。おもしろかったか?楽しかったか?あんたらには、これから好きになった人が出来ても二度と言わないから。・・・・・車の鍵、開けてくれる?」


二人は黙ったまま、ずっと前を向いていた。

ガチャっと鍵の開く音が聞こえ、私は何も言わず車の戸を開けた。

車から降り、一度深く息を吸った。

固まったままの二人を確認してから、黙って戸を閉めた。

部屋に入り、電気をつけ、鞄をおろし、カーテンを少し明けて外を見た。

車はまだ止まっている。

二人を傷つけた事は自分でもよく解かっていた。

流れた涙の理由が、複雑すぎる心でよく解からない。

私が痛めた心よりも、軽い傷であればと願った。


しばらく誰にも会いたくない。

誰とも話したくない。

言葉というものは簡単に人を傷つけてしまう。

私は凶器だ。

心無い凶器。

私の傷なんて浅い。

親友の熱い気持ちが伝わってくる。

そう、親友が傷つけたんじゃない。

親友の言葉を受けて、自分で傷つけた。

好きにならない。

そんな私の心に進入してきた人達を排除させた傷跡だ。

好きになることは悪い事じゃない。

親友が体を張って教えてくれた事だ。

だけど、そんなに簡単なことじゃない。

私は愛を知らない

ただのコンプレックス。

親からも愛されなかったと思っているだけ。

好きな人からも愛されなかったと思っているだけ。

友達からも信頼されなかったと思っているだけ。

私が不登校になり、いい学校へ行けなかったから母は出て行ったのだと思っているだけ。

都合が悪くなって、利用できなくなったから男は私を捨てたんだと思っているだけ。

仲間という枠に入りきれずに、友に裏切られたんだと思っているだけ。

今の周りにいる人間は、まだ、私に利用価値があると思っているだけ。

人に心を開く事が私は何より怖い。

心閉じた、私の言葉は誰かを傷つける。

傷つける事でしか自分を守れない。

親友だと思いながらも、彼女に告げた言葉は友達じゃないという言葉だった。

心は伝わらない。

伝えることはできない。

私は親友を深く傷つけた。


こんな私は誰も愛せない。



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