4.数学からの恋 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

4.数学からの恋

映画を見に行く約束はしたものの、一向に日程が決まらず時は過ぎてゆく。

バーに遊びに行っても、何かこちらを意識しているような、そんな雰囲気が漂ってた。

知らないフリ。

私は、デートに誘ったわけではない。

ただ、遊びに行こうといっただけだ。

好きなものか!

勝手に勘違いしとけよ、この馬鹿。

こういう雰囲気って本当つまらない。

友達同士の恋愛が嫌がられるのが良く判る。

気まずい。


私も私で結構意識し始めてきた。

話かけるのに、少し照れる。

嫌だな。

周りの雰囲気で恋に落ちるなんて、つり橋原理そのものじゃん。

もっと自分の心に正直になりたいよね。

バーに行くの、躊躇っちゃう。


私はしばらくバーに行くのを控えていた。

会いたいな・・・誰に?

なんて、自分に突っ込みを入れながら、相変わらず自分の気持ちに気付かない毎日を過ごす。

携帯を手に取り、男友達に電話をかける。

こういう意味の解からない行動力だけはあるなと、我ながら関心する。


「もしもし?数学って解かる?」

「無理」

「即答やな!あの人に頼んで欲しい」

「先輩?何で?」

「現役やろ?」

「そうやけど・・・」

「何か問題あるん?」

「別に」

「ウチとあの人が仲良くなったらあかんの?」

「そうじゃないけど・・・」

「じゃぁ、いいやろ!」

「俺も行くで」

「何であんたがついてくるん?」

「だって、自分ら連絡先しらんやん」

「あ、そうか。じゃぁ、たのんだで」


私は、中学卒業後高校へ入学したもののやはり不登校で退学していた。

早かった。

1週間ともたなかった。

それから1年程ひきこもり、通信教育を受けていた。

この年がやっと卒業年で、単位を落とす事ができなかった。

数学を教えて欲しいというのは本当。

教科書を読んで、数学のレポートを完成させるには誰かの教えが必要だった。

誰でもよかった。

が、これほどにないチャンスだと思った。


「ごめんな、忙しいとこ」

「別にえぇよ。何処が判らんの?」

「此処の、∑と因数分解んとこ」

「見せて」

「因数分解はなんとなく解かるんやけどな、この∑の上下についてる小こい数字の意味が全く」

「ちょっと、待って!やり方思い出すから」

「すみませ~ん」


ファミリーレストランでバーテンダーの彼と向き合い座っている。

少しドキドキした。

この人の視線を落とした顔が私は好きだ。

母性本能をくすぐられるという奴なのだろうか。

抱きしめたくなる。

ふと、視線を右にやると、隣の席で1人黙々と自分の論文を書いている男友達がいた。

こいつ、1人なにやってんだろう。

別に用がないなら帰ればいいのに・・・。

こんなところで論文書いてる意味が解からない。


「おぃ、お前聞いてる?折角教えてやってるのに人の顔ばっか見て!」

「ばれた!?」

「ちょっと集中力なくなってきてるやろ、休憩しよっか」

「うん」

「でさ、あいつ何で此処に居るん?」

「さ?必死やな!」

「一緒に居れて嬉しい?」

「は?」

「なんでもない」

「おぃ、休憩するぞ!!そこの論文馬鹿!」

「うん・・・」

「必死や・・・」

「先輩、論文ちょっと見てくださいよ~」

「あとでな」


何か楽しい。

男に囲まれてる事が楽しいのか。

学生時代に味わえなかった雰囲気が楽しいのか。

多分、どっちもだろうな。

私はとことん構って欲しいのかもしれない。

私と一緒に居る人が私以外の人の事を考える事が許せないのかもしれない。

目の前に居る人には彼女が居て、横に居る奴には大好きな人がいて、私の事なんてどうでもいいんだろうけど、こうやって構われている事に安心する。

嫉妬なんて何処にもないもの。


「お前の事聞いていい?」

「いいよ、何でも聞いて」

「聞いてって言われても、何聞いていいのか解からんしな」

「うんとね、ずっと中学は不登校やってん、で両親離婚してさ~」

私は自分の出来る限りの全てをこのバーテンダーに話そうとした。

もっと私の事知って欲しい。

私こと知らないなんて言って欲しくない、そう思った。

「そんな、何でもかんでも話さんくってもえぇよ。話したくないこともあるやろ」

「あ、先輩、こいつ不幸な話でも笑って話す奴やから気にしなくていいっすよ」

「そうそう、笑えるんやからいいじゃん!聞きたくない?」

「聞きたくない事はないけど、いいの?昨日今日会ったような俺やで?」

「信頼してるってことなんじゃない?」

「うれしね」


この日、沢山の話をした。

私の興味ない話なんて一つもなかった。

偶に口出ししてくる男友達が、私の知らない話を始めようとしてたけど、バーテンダーの彼は私の話を一生懸命聞いてくれたんだ。

彼の話も沢山聞けた。

ただ、彼の彼女の話は一切聞かなかった。

聞きたくなかった。

これからも多分、絶対に聞かないと思う。

もっと仲良くなれたらいいな。


朝になって、男友達に送ってもらった。

シンデレラの気分だ。

ただ、私は幸せにはなれないし、これから変化も起こらない。

電話番号だってきいてないし、明日からまたバーテンダーとお客さんなんだ。

私、彼が好きだよ。

だけど、諦めよう。

もう、彼女の居る人は好きにならないんだ・・・。




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