10.海へ行こう | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

10.海へ行こう

朝まで遊んで、少しの睡眠時間で仕事に向かい、家に帰ってゆっくり眠りたい。

・・・筈なのだけど、私はバーへ向かう。

店には親友も居た。

身をすり減らしてでも来る此処には、一体何があるというんだろう。

手放したくない何かがそこにある。


今日もまた親友は「カラオケへ行こう」と騒いでいた。

何処から湧き上がった話題かはしらないが、彼女にミスチルの話は禁句だ。

そんな話題、彼女がカラオケに行きたがるのも無理はない。

男友達は昨日の今日でマジかよ!?という顔をしている。

自業自得、お前が悪いんだ。

自分で処理しなさいよ。

こんないい加減な男に任せた私も馬鹿だけど。

「んま・・・少しだけなら」

行くのかよ!!

私はいつものように、最後まで返事はしなかった。

成り行き。

それが一番いい。


親友は上機嫌だ。

早くもミスチルを歌い続けてる。

私はミスチルを1度も聞いたことはない。

だけど、ミスチルの曲は全て知っている。

嫌いではない。

頷ける歌詞を好きだとも思う。

彼女が歌うからだろうか。

とても身に染みる。

何処の誰だか解からない有名人が歌うよりも、ずっと心に染み渡る。


彼女が歌うのをやめ私に聞いていた。

「せのりも行くやろ」

「うん」

私は普通にそう答えた。

何の嫌味でもない。

今日は多分、彼女も純粋に誘ったのだろうと感じたからそう答えた。

「あなたも行くよね」

私はバーテンダーの彼を誘った。

「俺?」

彼はとてもビックリしていた。

いつも私たちはこの店で騒ぎ、消えていく存在だっただから仕方ないけれど。

親友も乗り気だった。

「はい、決定!4人でミスチルオールナイト」

「ミスチルオンリーかよ」

「当然」


楽しい。

そう思えたのは久しぶりだった。

店を閉店させてから、バーテンダーの彼が家に車を置きに行き、男友達の車1台でカラオケへ行く。

何故かその日、親友は私の隣の後部座席に席をとった。

戻った。

おかしな表現だけど、そう思ったんだ。


親友は一目散にカラオケ店内へ駆け出す。

その後を負うように、男友達が歩を進める。

私はいつものように二人の背中を眺めながらゆっくり歩くのだ。

バーテンダーの彼はそんな三人をやっぱり後ろから眺めているのだろう。


ミスチルの歌が続く。

昨日とは全く違う。

同じ場所なのに、全く違う。

相手にされなくなった男友達が私に絡んでくるのがウザイくらいで、私は「いつも」だなと思った。

横に座るバーテンダーの彼が「辛くないか?」って聞いてくるけれど、「全然」そう心の底から言える。


この日も朝まで歌い続け、車に乗り込み「さ、誰から送ってこうかな」と男友達が言う。

「ねぇ、このまま帰るの勿体なくない?」

親友はめちゃくちゃ楽しかったのか、まだ遊び足らないようすだった。

私も実はもっと一緒にいたいという気分だったが、私はいつものように返事はしない。

「明日の予定は?私は休み。せのりも休みやんね」

「俺らも店休みやけど、本気?」

「うん、遊園地行こう」

「おし、行くか!」

親友と男友達のやり取りが何だかおかしかった。

ノリノリの彼女と、話を合わせているだけの男友達。

さて、これからどうなるんだろう。

クスクス心の中で笑いながら黙って見ていた。

冷静だったのは、バーテンダーの彼。

「行くなら行くで別にいいけど、とりあえずシャワー浴びたいから1回家に帰らへんか?」

その一言で、一旦家に帰ってから再度集まる事になった。


家まで送ってもらい、シャワーを浴びた。

内心ワクワクしていた。

何も考えずノリだけで事が進んで、流れに逆らわず楽しい事だけに目を向けている今って、すごい意味のない事だけど、楽しい。


しばらくして男友達から電話がなった。

「迎えにきてくれたん?」

「いや、本気で行くんかなと思ってさ・・・」

「そう思うなら掛ける相手間違えてないか?」

「あいつに掛けたら、話進んでいく気がしてさ」

「行きたくないの?」

「そういうわけじゃないけど」

「どっちか自分で決めなよ。あんたが行かなくても行く奴は行くんじゃない?」

「わかった、今から迎えに行くよ」

やっぱり男友達は行きたくなかったんだな。

ま、誰だってあのタイミングで遊園地へ行こう何て思わないわな。

でも、行きたくなけりゃ行きたくないと言えばいいのに。


行きたくない奴一人含め、4人はとりあえずファミレスで朝ごはんを食べる事にした。

少し眠気が襲い掛かっている。

でもきっと楽しいはずだ。

遊園地なんて何年ぶりだろう。

多分皆も眠さと闘ってるんだろう。

少しだらけ気味の4人は、それでも楽しいという雰囲気を作り出そうとしてた。

何の為だかわからない我慢だけれど。


そんな雰囲気を壊したのは男友達だ。

「なぁ、これから何処に行くん?」

「遊園地でしょ?」

「俺の車でいくんやんな?」

「車、使えへんの?」

「いや、俺、眠くて事故りそう」

「じゃ、俺が運転するわ」

「いや、いいっすよ」

「怖いな・・・」

「どこまで行くつもりなん?」

「だから遊園地でしょ?」

「何処の遊園地行くん?」

「何処でもいいんじゃない?」

「運転するの俺やで、先に決めてしまおうよ」

「じゃ、長スパとか」

「開いてるん?」

「知らない、開いてんじゃない?」

「行って、閉まってたら俺嫌や」

「開いてるって~」

「そう?」

何とも歯切れの悪い言葉を吐き続ける男友達は、眠いから顔洗ってくると席を立って行った。

「解散するか?」

バーテンダーの彼が言い出し、不満そうに親友が反対しだした。

「あいつ、行きたがってないやん。あぁいう奴が1人おるだけで気分が悪い」

「確かにそうやけど、行ったら行ったで楽しいって」

「じゃぁ、こんなところでダラダラしてんとさっさと行こう」


何だかつまらなくなってきた。


渋々立ち上がった4人。

車の鍵が開く音も鈍く感じた。

さっきまで横に座っていた親友は、何を思ってか男友達の助手席に座る。

でも、この日少しだけ嬉しかった。

隣に彼が座ること、少しだけ嬉しかった。


晴れた空が気持ちよかった。

窓から吹き付ける風も気持ちがいい。


小さな声でバーテンダーの彼が話しかけてくる。

「お前、辛くないんか?」

「また、その話?」

「俺、前に座ればよかったな」

「なんで?私の隣は嫌?」

「そういうわけじゃないけど」

「私は全然平気だよ」

「おぃ、そんな大きな声で話すなって」

「大丈夫だよ」

「やせ我慢」

「知ってる?この車大きいでしょ。だから前の声と後ろの声は、よほど大きな声じゃないと聞こえない」

「そうなんか?」

「うん、いつもそう。二人の話は聞こえないし、私の声は届かない」

「・・・・・」

「何、黙って?!だから普通に話してても大丈夫だよ」

「・・・・・」

「もう!それに、私が好きな人は違う人だし、心配しなくても大丈夫」

「違う人?」

「そう、あの時嘘ついたの」

「それならいいけどさ」

「あの二人に思う事は別にある」

「別に?」

「そう。好きだから辛いわけじゃない」

「だったら、あいつらの事しっかり見ろよ、ずっと横向いてんと」

「あんまり、いじめないで・・・」

「ごめん」


「なぁ!なぁー!」

前の二人が大声で話しかける。

「遊園地やめて、海へ行こう。天気いいし」

「任せる!」


「海やって」

「海ねぇ~、青春っぽいな」

「ぷっ、オヤジ臭くない?」

「泣きそうになってるお子ちゃまに言われたくない」

「あぁ、何か眠い」

「俺の膝使う」

「なんかエロイ」


私は彼の膝で眠った。

ずっと眠り続けた・・・フリをした。

海はみていない。

ずっと彼の膝にいた。

だから彼も海をみていない。

ずっとずっと、彼は私の頭を撫でてくれていた。

日が暮れだした帰り道。

私は少しだけ眠った。

彼の手がとても気持ちがよかったから。


何で彼は私にこんなに優しいんだろう。

彼女がいるのに・・・。



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