緑内障の手術(トラベクロトミー)を予定しておられる方。さぞやご心配のことと思います。現在術後の安静期で暇なので、わりと詳細なレポートにしてみました。
そもそもの始まり
約10年前(40歳)の人間ドック。
眼底を撮影する眩しい検査があるじゃないですか。あれで「視神経乳頭陥没」との診断。
その頃、老眼や疲れ目で個人病院の眼科にはよく通っていたので、そこで精検。医師はもう一度撮影し「う~ん?微妙・・」
しかし視野検査で異常が出たので「正常眼圧緑内障」と判明。抗眼圧点眼薬(ミケラン)開始。
以後、徐々に視野狭窄は進行するので、できるだけ眼圧を低く保つため点眼薬は10年間に変更追加で4種類にまで増加。最後はトラバタンズ、トルソプト、タプロス、アイファガン
手術の見極め
これといって断定できる理由もなく一昨年の秋に眼圧が急に上がり始め、正常眼圧の最高値21をしばしば記録するようになったため「もう点眼薬マックスだから手術かな?」と宣告されたのが11月末。かかりつけ医いちおしの総合病院眼科医にすぐに予約してもらった。
「キャンセルがあったのかしら?こんなに早く予約が取れるなんて珍しい」と言わしめるほどの名医らしい。ネットで調べたら、緑内障の論文や学会発表なんかがいっぱいある。
総合病院初日
覚悟を決め、手術する気満々で意気込んで受診するも
「今日会ったばかりなのに、いきなり手術しましょうというのもなんだから、トルソプトをコソプトに変えて様子を見ましょう」
「今日から診断名が変わります」と言って紙に書いてくださった。
《両眼原発性開放隅角緑内障》
目標眼圧は15~8mmHg
視野検査のマップは見たことはあるが、この日初めて知ったことは、残念ながら中心部から視野狭窄が広がっていたことである。症状が出れば、楽譜などを注視することがむずかしくなる。そういえば、往年の大ピアニスト、アントン・ルービンシュタインは90歳で演奏活動をやめてしまったが、健康そうで、コンクールの審査員はしていた。理由は中心部の視野狭窄だと本人が言っていた。隣にいる人が誰かは見てわかると言っていたから緑内障か黄斑変性症だったのだろう。バッハもヘンデルも晩年失明しているがその類の眼病だったのかな?
「白目と黒目の間を切りますけんね」
3ヶ月ごとの経過観察に1年通ったが、やはり視野狭窄が進行しているので手術しようということになった。このころ眼圧は高くて21低いときは18。めちゃめちゃ高いわけではないが、点眼薬マックスでこの数値だからなぁ。それに「原発性」というくらいだから体質的に視神経が脆弱なんだろう。
医師からは、必ずしも進行が止まるとは断言できないこと、「効果は緩やかだがリスクが少ない術式」をやってみて、効果が不十分ならより効果が強力でその分リスクも高い再手術、再々手術もありうることなどの説明を受けた。最悪失明するリスクというのは術後の感染症(細菌性眼内炎)だそうだ。人生初入院の自分としては暮らしぶりの制限が一番気になるところだが、詳しくは看護師に聞いてくださいとのことであった。
即日治療スケジュールが決まった。4月21日から29日まで入院、ゴールデンウイークは自宅静養、5月8日から復職だが、プール、温泉、土いじり、発汗する運動、飛行機や高所など気圧の変化などの禁忌事項がある。
緑内障あるある
よく知人に言われるのは「視力は?」「自覚症状は?」「車の運転出来るの?」などだが、自覚症状は全くない。視野検査をすると盲点のように見えない部分が広がっている。すなわち見えなくなってきているのだが、日常生活に全く支障がなく、片目をつぶっていろんな見え方を試してもどこがどう見えないのか自分ではさっぱりわからない。
しかし、緑内障は視神経が死滅していく疾患である。死滅した視神経は治らない。したがって、自覚症状が出てからでは手遅れであり、早期に発見して視神経の死滅を遅らせることが治療の目的となる。方法は一つしかない。眼圧を下げることである。第一選択として点眼薬や服薬、それでだめなら手術。ネットで調べると今回のトラベクロトミーの他にトラベクレクトミー、房水を排出するためのパイプを挿入する術式などがあるらしい。
・「うちのおばあちゃんは日帰り手術だったよ」
(それは白内障でしょ?)
・「視力があがるの?」
(それはレイシック!)
飲み過ぎが原因ではない・・・はず
あるあるの続きだが、糖尿病やメチルアルコールで失明することから連想されるのだろう。生活習慣病のように言われることがある。が、私の緑内障に関して私がかかった医師は原因について聞いても言及しない。眼圧が上がらないような生活指導もない。血縁にも緑内障罹患者は一人もいない。「なる人はなるしならない人はならない」ということだろう。
薬物の注意書きに「緑内障は禁忌」とか「緑内障のある方は医師、薬剤師にご相談ください」というものがある。抗コリン作用など交感神経を高ぶらせるものは眼圧を上昇させるおそれがあるためである。実は私が常用している薬の中にもこのてのものがあるが、眼科医からも当該科医師からも「飲んでいいけんね」と言われている。交感神経を抑制するような暮らしぶりを続けること自体無理といえば無理でしょうね。
誤解のないように言っておくが、飽くまでも「原発性開放隅角緑内障」の一症例である私の臨床なので、閉塞隅角緑内障や急性症状などの場合は本当に注意しなければいけない時期があると思われる。
入院日にいきなり左目手術
2日前から4/d レボフルキサシン点眼を指示されていた。
成分はクラビットなので殺菌作用があるのだろう。
1時間前 サンピロ点眼(縮瞳薬)、生理食塩水点滴(ルート確保)
40分前から3分おきに サンピロ点眼、ベノキシール点眼(麻酔)を交互に2回ずつ。
車椅子に乗り、帽子をかぶって手術室へ。
手術台に仰向けに寝て、頭をくぼみにあてがうようにする。縛られたり押さえつけられたりはない。
セファゾリンナトリウム点滴(抗生剤)
右腕に血圧計、左人差し指に体内酸素濃度の計測器。周到なバイタルチェック。
眼内アプローチトラベクロトミーオペ開始
「お名前をfull nameでどうぞ」
「今日はなんの手術をしますか?」
「どちらの目ですか?」
間違いのないよう、このように確認される。
かくも厳粛に開会式が終わると、目を閉じたまま消毒、目を開けて消毒、大きなセロテープみたいなものを左目の上に貼り付け、目ん玉の大きさにハサミで切り抜かれる。
何かの器具で目を開いたままに固定される。
鼻側から眼球に麻酔注射がなされる。「ブスッ」というより「スッ」と入り込んでくる。局所麻酔なので針の先もよく見える。
「少し上見て・・・。顔左に向けて・・・。足の方見て・・・・。顔右向けて・・・」
と医師の指示通りに眼球や顔を動かすことができるのだ。
自分は一臨床科として興味津々でまな板の上に乗っているからいいものの、「あ、今、レンズ体が剥がれたな・・。おっ、黒目と白目の間を丸く切ってるぞ!」なんてことが見えているので、子供なんかだと恐怖のあまり眼振が起こったりしたらどうするんだろうなどと思いはしたけれど、極めて優れた術式であり、俊腕な医師に感服した。
その理由。
・全く血を見ることがない
・無痛(一番痛かったのは点滴の針を刺すとき)
・時間にして10分弱
◎最後に「うまくいきましたけんね!」という医師からの労いの言葉
・術後一時間、点滴しながら安静。そのほかは自由気まま。
・4~5日で視力は完全に回復(個人差あり)
術後、看護師が医師に「先生、手術中に鹿児島大学の⚪️⚪️先生から電話があったんですが・・・」と伝えるシーンがあった。医師はあいかわらずぶっきらぼうで「そーでなんだや」みたいな口ぶりだったが、やっぱ大物っぽい。
術後の診察
毎朝7時台に、主治医の回診がある。総合病院の外来は何時間もかかって疲れるが、医師はこんなに早朝から仕事があって、当直なんかもあるからさぞや大変だろう。感謝感謝。
外来では気がつかなかったのだが、このにこりともしない医師はとても親切だ。看護師がいなければ、自分で患者の車椅子を押す。お年寄りから「先生、眼圧が15てていうのは良くなっちょーですかいねぇ?」と聞かれれば「ここに来なったときは40でしたけんね。良んなっちょーじゃないですか?」という具合である。(しかし眼圧40ってすごい・・)
この間、4~5人並んで待っているので、同病者間の交流が少しある。
術後一旦眼圧が上がって下がるようだ。隣の人は手術翌日30まで上がって翌々日は3まで下がりすぎたが、2~3日で安定して予定通り退院された。自分はそこまで変動はなかった。手術翌日から18、21、18、18、15だったかな?
術後の治療
術後の夜と翌朝のみダイアモックス25mg錠(抗眼圧剤)服用
レボフルキサシン(クラビット)、サンベタゾン(リンデロン)共に抗生剤点眼薬。一日4回1か月継続
感染症予防のため首から下はシャワーができるが、顔が洗えなくおしぼりで拭いていた。看護師さんがシャンプーをしてくれるという話だったが、なんとなくはぐらかされて5日目に洗髪解禁になるまで洗えなかった。入浴は術後9日目から可。
術後の見え方
手術日は勿論眼帯。誤って眼球を圧迫しないようにプラスチック板が付いている(ウルトラマンの目みたい)
数時間して眼帯をとって見てみると、光源がわかるくらい。
鏡で見てみると少し充血しているが、切った貼ったの後は見られない。車輪眼みたいになってたらかっこいいかなという淡い期待はあったのだが・・・。
翌日、もう眼帯が取れる。眼鏡が曇った時のような見え方。
日を追うごとに徐々に霧が晴れていくような感じ。
5日目、完全に視力回復。
研究協力
5日あけて両眼手術をしたのだが、執刀医が研究者でもあることから研究協力の同意書2通に喜んでサインをした。
・「緑内障患者に対する眼内アプローチトラベクロトミーによる眼圧下降治療の安全性と有効性評価」のため、術後の経過も含めて研究データのサンプルとなる。グラフの一部分が自分のことだと思うと嬉しい。
・「眼科手術により摘出された組織・細胞のライブラリー構築」のサンプルとして右目の房水を提供。個人情報保護されるが、「アインシュタインの脳は小さかった」みたいに「妹尾哲巳の房水は・・だった」とライブラリーに残るのもいいなあww
そもそもの始まり
約10年前(40歳)の人間ドック。
眼底を撮影する眩しい検査があるじゃないですか。あれで「視神経乳頭陥没」との診断。
その頃、老眼や疲れ目で個人病院の眼科にはよく通っていたので、そこで精検。医師はもう一度撮影し「う~ん?微妙・・」
しかし視野検査で異常が出たので「正常眼圧緑内障」と判明。抗眼圧点眼薬(ミケラン)開始。
以後、徐々に視野狭窄は進行するので、できるだけ眼圧を低く保つため点眼薬は10年間に変更追加で4種類にまで増加。最後はトラバタンズ、トルソプト、タプロス、アイファガン
手術の見極め
これといって断定できる理由もなく一昨年の秋に眼圧が急に上がり始め、正常眼圧の最高値21をしばしば記録するようになったため「もう点眼薬マックスだから手術かな?」と宣告されたのが11月末。かかりつけ医いちおしの総合病院眼科医にすぐに予約してもらった。
「キャンセルがあったのかしら?こんなに早く予約が取れるなんて珍しい」と言わしめるほどの名医らしい。ネットで調べたら、緑内障の論文や学会発表なんかがいっぱいある。
総合病院初日
覚悟を決め、手術する気満々で意気込んで受診するも
「今日会ったばかりなのに、いきなり手術しましょうというのもなんだから、トルソプトをコソプトに変えて様子を見ましょう」
「今日から診断名が変わります」と言って紙に書いてくださった。
《両眼原発性開放隅角緑内障》
目標眼圧は15~8mmHg
視野検査のマップは見たことはあるが、この日初めて知ったことは、残念ながら中心部から視野狭窄が広がっていたことである。症状が出れば、楽譜などを注視することがむずかしくなる。そういえば、往年の大ピアニスト、アントン・ルービンシュタインは90歳で演奏活動をやめてしまったが、健康そうで、コンクールの審査員はしていた。理由は中心部の視野狭窄だと本人が言っていた。隣にいる人が誰かは見てわかると言っていたから緑内障か黄斑変性症だったのだろう。バッハもヘンデルも晩年失明しているがその類の眼病だったのかな?
「白目と黒目の間を切りますけんね」
3ヶ月ごとの経過観察に1年通ったが、やはり視野狭窄が進行しているので手術しようということになった。このころ眼圧は高くて21低いときは18。めちゃめちゃ高いわけではないが、点眼薬マックスでこの数値だからなぁ。それに「原発性」というくらいだから体質的に視神経が脆弱なんだろう。
医師からは、必ずしも進行が止まるとは断言できないこと、「効果は緩やかだがリスクが少ない術式」をやってみて、効果が不十分ならより効果が強力でその分リスクも高い再手術、再々手術もありうることなどの説明を受けた。最悪失明するリスクというのは術後の感染症(細菌性眼内炎)だそうだ。人生初入院の自分としては暮らしぶりの制限が一番気になるところだが、詳しくは看護師に聞いてくださいとのことであった。
即日治療スケジュールが決まった。4月21日から29日まで入院、ゴールデンウイークは自宅静養、5月8日から復職だが、プール、温泉、土いじり、発汗する運動、飛行機や高所など気圧の変化などの禁忌事項がある。
緑内障あるある
よく知人に言われるのは「視力は?」「自覚症状は?」「車の運転出来るの?」などだが、自覚症状は全くない。視野検査をすると盲点のように見えない部分が広がっている。すなわち見えなくなってきているのだが、日常生活に全く支障がなく、片目をつぶっていろんな見え方を試してもどこがどう見えないのか自分ではさっぱりわからない。
しかし、緑内障は視神経が死滅していく疾患である。死滅した視神経は治らない。したがって、自覚症状が出てからでは手遅れであり、早期に発見して視神経の死滅を遅らせることが治療の目的となる。方法は一つしかない。眼圧を下げることである。第一選択として点眼薬や服薬、それでだめなら手術。ネットで調べると今回のトラベクロトミーの他にトラベクレクトミー、房水を排出するためのパイプを挿入する術式などがあるらしい。
・「うちのおばあちゃんは日帰り手術だったよ」
(それは白内障でしょ?)
・「視力があがるの?」
(それはレイシック!)
飲み過ぎが原因ではない・・・はず
あるあるの続きだが、糖尿病やメチルアルコールで失明することから連想されるのだろう。生活習慣病のように言われることがある。が、私の緑内障に関して私がかかった医師は原因について聞いても言及しない。眼圧が上がらないような生活指導もない。血縁にも緑内障罹患者は一人もいない。「なる人はなるしならない人はならない」ということだろう。
薬物の注意書きに「緑内障は禁忌」とか「緑内障のある方は医師、薬剤師にご相談ください」というものがある。抗コリン作用など交感神経を高ぶらせるものは眼圧を上昇させるおそれがあるためである。実は私が常用している薬の中にもこのてのものがあるが、眼科医からも当該科医師からも「飲んでいいけんね」と言われている。交感神経を抑制するような暮らしぶりを続けること自体無理といえば無理でしょうね。
誤解のないように言っておくが、飽くまでも「原発性開放隅角緑内障」の一症例である私の臨床なので、閉塞隅角緑内障や急性症状などの場合は本当に注意しなければいけない時期があると思われる。
入院日にいきなり左目手術
2日前から4/d レボフルキサシン点眼を指示されていた。
成分はクラビットなので殺菌作用があるのだろう。
1時間前 サンピロ点眼(縮瞳薬)、生理食塩水点滴(ルート確保)
40分前から3分おきに サンピロ点眼、ベノキシール点眼(麻酔)を交互に2回ずつ。
車椅子に乗り、帽子をかぶって手術室へ。
手術台に仰向けに寝て、頭をくぼみにあてがうようにする。縛られたり押さえつけられたりはない。
セファゾリンナトリウム点滴(抗生剤)
右腕に血圧計、左人差し指に体内酸素濃度の計測器。周到なバイタルチェック。
眼内アプローチトラベクロトミーオペ開始
「お名前をfull nameでどうぞ」
「今日はなんの手術をしますか?」
「どちらの目ですか?」
間違いのないよう、このように確認される。
かくも厳粛に開会式が終わると、目を閉じたまま消毒、目を開けて消毒、大きなセロテープみたいなものを左目の上に貼り付け、目ん玉の大きさにハサミで切り抜かれる。
何かの器具で目を開いたままに固定される。
鼻側から眼球に麻酔注射がなされる。「ブスッ」というより「スッ」と入り込んでくる。局所麻酔なので針の先もよく見える。
「少し上見て・・・。顔左に向けて・・・。足の方見て・・・・。顔右向けて・・・」
と医師の指示通りに眼球や顔を動かすことができるのだ。
自分は一臨床科として興味津々でまな板の上に乗っているからいいものの、「あ、今、レンズ体が剥がれたな・・。おっ、黒目と白目の間を丸く切ってるぞ!」なんてことが見えているので、子供なんかだと恐怖のあまり眼振が起こったりしたらどうするんだろうなどと思いはしたけれど、極めて優れた術式であり、俊腕な医師に感服した。
その理由。
・全く血を見ることがない
・無痛(一番痛かったのは点滴の針を刺すとき)
・時間にして10分弱
◎最後に「うまくいきましたけんね!」という医師からの労いの言葉
・術後一時間、点滴しながら安静。そのほかは自由気まま。
・4~5日で視力は完全に回復(個人差あり)
術後、看護師が医師に「先生、手術中に鹿児島大学の⚪️⚪️先生から電話があったんですが・・・」と伝えるシーンがあった。医師はあいかわらずぶっきらぼうで「そーでなんだや」みたいな口ぶりだったが、やっぱ大物っぽい。
術後の診察
毎朝7時台に、主治医の回診がある。総合病院の外来は何時間もかかって疲れるが、医師はこんなに早朝から仕事があって、当直なんかもあるからさぞや大変だろう。感謝感謝。
外来では気がつかなかったのだが、このにこりともしない医師はとても親切だ。看護師がいなければ、自分で患者の車椅子を押す。お年寄りから「先生、眼圧が15てていうのは良くなっちょーですかいねぇ?」と聞かれれば「ここに来なったときは40でしたけんね。良んなっちょーじゃないですか?」という具合である。(しかし眼圧40ってすごい・・)
この間、4~5人並んで待っているので、同病者間の交流が少しある。
術後一旦眼圧が上がって下がるようだ。隣の人は手術翌日30まで上がって翌々日は3まで下がりすぎたが、2~3日で安定して予定通り退院された。自分はそこまで変動はなかった。手術翌日から18、21、18、18、15だったかな?
術後の治療
術後の夜と翌朝のみダイアモックス25mg錠(抗眼圧剤)服用
レボフルキサシン(クラビット)、サンベタゾン(リンデロン)共に抗生剤点眼薬。一日4回1か月継続
感染症予防のため首から下はシャワーができるが、顔が洗えなくおしぼりで拭いていた。看護師さんがシャンプーをしてくれるという話だったが、なんとなくはぐらかされて5日目に洗髪解禁になるまで洗えなかった。入浴は術後9日目から可。
術後の見え方
手術日は勿論眼帯。誤って眼球を圧迫しないようにプラスチック板が付いている(ウルトラマンの目みたい)
数時間して眼帯をとって見てみると、光源がわかるくらい。
鏡で見てみると少し充血しているが、切った貼ったの後は見られない。車輪眼みたいになってたらかっこいいかなという淡い期待はあったのだが・・・。
翌日、もう眼帯が取れる。眼鏡が曇った時のような見え方。
日を追うごとに徐々に霧が晴れていくような感じ。
5日目、完全に視力回復。
研究協力
5日あけて両眼手術をしたのだが、執刀医が研究者でもあることから研究協力の同意書2通に喜んでサインをした。
・「緑内障患者に対する眼内アプローチトラベクロトミーによる眼圧下降治療の安全性と有効性評価」のため、術後の経過も含めて研究データのサンプルとなる。グラフの一部分が自分のことだと思うと嬉しい。
・「眼科手術により摘出された組織・細胞のライブラリー構築」のサンプルとして右目の房水を提供。個人情報保護されるが、「アインシュタインの脳は小さかった」みたいに「妹尾哲巳の房水は・・だった」とライブラリーに残るのもいいなあww




