本書は、ゴリラやサルの生態から、人類の進化や家族、社会について考察したもの。ページ数は多くなく、僕のような予備知識なしでも、すんなり入っていける。帯にあるとおり、「ヒトの睾丸は、チンパンジーより小さく、ゴリラより大きい。その事実からわかる進化の謎とは?」など、とてもおもしろい問いと解説の連続だ(この問いへの答えは読んでのお楽しみ)。
本書では、ゴリラとサル、ヒトがしばしば対比される。我々はヒトがもっとも進化した生物だと思い込んでいるふしがあるが、実はゴリラの社会のほうがうまくできているかも、というところもあるらしい。たとえば、ゴリラは群れの仲間の中で序列を作らない。喧嘩しても、誰かが勝って誰かが負けるという状態にならない。じっと見つめ合って和解する(p8)、というのだから、スゴイ。一方、サルは純然たる序列社会。諍いが起これば、大勢が強いものに加勢して弱いものをやっつけてしまう。
また、山極さんがゴリラになったつもりで行動して、ゴリラの群れに近づいたときのこと
「私は私なりにゴリラのまねを一生懸命しているのですが、ゴリラから見ればやり方がおかしいこともある。なんだかやり方が間違っているらしいとき、ゴリラは『違う、そうじゃない。ゴリラはそんなふうにしない』という目で私を見てくるのです。ときには『コホッ、コホッ』と咳のような声で私を叱ることもあります。」(p49)
つまり、ゴリラは器がでかいのである。戦争がなくならない人間社会について言及するまでもないかもしれないが、勝ち組・負け組などのレッテル貼り、ネット炎上などが茶飯な今日、本書のタイトルが示唆するように、人間は「サル化」しているのかもしれない。ゴリラと共通祖先だったときの記憶をもう少し思い出すには、本書は最適だ。
- 「サル化」する人間社会 (知のトレッキング叢書)/集英社インターナショナル

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