ドスケベ酋長の風俗体験日記

ドスケベ酋長の風俗体験日記

54歳の禿げた風俗素人のエロエロ中年男です。只今、暇なので色々な風俗店で遊んでます。ついでに、どこのお店の何々ちゃんが良かったとか悪かったとかを自分勝手に表現したいと思います。

54歳の禿げた風俗素人のエロエロ中年男です。新しい体験をしたく風俗体験日記をチンポの立つ間、頑張って皆様に風俗店の真実をレポートしていきたいと思います。皆様の参考になれば幸いです。只今、暇なので色々な風俗店で遊んでます。今、五反田にはまってます。五反田を制覇しようと思っております。で、、ついでに、どこのお店の何々ちゃんが良かった、とか、悪かったとかは自分勝手に表現したいと思います。
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とにかく高校入学時は見るもの全てが初体験

まるでパラレルワールドの様に

いくつもの世界が一気に開けた。

大学では70年安保の

反戦活動がまだ盛んで今の体制を変えようと

真剣に戦っている人たちも沢山いた。

そんな中「イージーライダー」が公開される

本当の意味は晩年になって理解できたが

この当時はバイクと反体制の姿勢がめちゃかっこよく

アメリカのかっこよさにどんどん傾倒していった。

まだ不良少年の入口にいた俺に

少年の頃からの冒険心も首を持ち上げてきた。

トムソーヤ&宝島&15少年漂流記などの

世界に飛び出した。

それは「旅」

6人の中学の同級生と始めての「旅」を敢行!

30日間の「旅」

親から離れ30日もの「旅」冒険そのものだった。

考えてみれば俺の行動は全て女にもてる為にしていた。

ギター 不良 後のアメリカンフットボールなど

これをやったら女にもてるだろうと

勝手に思い込んでやってきた。

しかし「旅」だけは違っていた。

冒険は小さい頃からの本当の夢だった。

特に珊瑚礁の海に対しては

この当時あまりに情報が無く

無人島の如く思われていた。

S野君の親戚を頼って鹿児島に

そのあと一部のヒッピーの

サンクチュアリだった「与論島」へ

平和のマークのピースが一般化した頃だ。

この旅についてはゆっくりたっぷり書くが

「バンビ」に行くようになって早4ヶ月

高校に行って3ヶ月

その間に幾つの世界と交流できただろうか?

6月に喧嘩を止めて味方に朝パンを入れられる

たまたま間違って入ってしまって大騒ぎ

モロ鼻に入ってしまった。

鼻柱骨骨折 喧嘩をしてやられたと

勘違いされ麻酔無しで鼻柱を持ち上げられる。

担任が家まで見舞いに来た。

「大丈夫かい?まあ鼻が

多少曲がっていても男だから平気だろう」

今では考えられないお言葉

「ところでお前は麻雀はやるのかい?」

やりますよ~

「宮0や0竹たちとやった事は?」

良くやっていますよ。

「じゃあ2週間の停学だな」

なんのこっちゃ!

見舞いではなく停学の告知だった。

退学6名停学23名の大量処分

もし鼻を折っていなかったら俺も退学組だったらしい。

しかし、こうなるとさすがの親も黙っていない。

家から出にくい状態になってしまった。

このときに始めてバンドをやる気になった。

だって家からでられないから(笑)

選んだのはグランドファンクレールロードの

「ハートブレイカー」「孤独の叫び」

あまりの煩さで親が根負け

外出権を勝ち取る。

しかしどうしてもリズム&ブルースの

コード進行がこの頃はまったく解からず

プレーする曲はロックになっていた。

やりたいことが多すぎて

体が3っつ位欲しい状態だった。

でも一つしかない体は

夏休みに入る頃には完全に「旅」モードに!

7月26日 ついに決行された。

ちなみにこの時にすでに3人の彼女がいた。


15歳高校1年の初夏・・・・・・






童貞を奪われてからまったく世の中が変わった。

まず学校 俺の話がクラスに知れ渡るのが午前中

そりゃそうだみんなが順番に聞きに来る。

昼休みは学食で他のクラスのいつもの悪仲間に

その辺の高校生がみんな子供に見えた。

まあおかげで軟派の尖兵隊長に任命され

諸先輩たちに本当に重宝された。

R子さんには散々怒られ

「バンビ」にも来なくなってしまったが

それ幸いと軟派に精を出していた。

そうこうしている内に

ついに銀座のソニーグループと対決!

並木通りの「ジュリアンソレル」周辺は

通称軟派通り。

すぐ先のソニー通を根城にしていたソニーグループ

今日は潰すとKちゃん以下約40名の三田グループ

K本君に春ちゃんK野君そして修ちゃん

だけどこの日に限って奴等がいない

ばらばらになって奴らを探す

「おい! 小僧てめーらどこだ~」

いきなり相手のボスと遭遇

20人くらいに囲まれる

その時「誰に文句言ってんだこの野郎!」

K本君だ!K野君とSちゃんが

咥えていたタバコを同時に

相手のボスの左右のほっぺに着き付けた。

「ギャーッ」と同時にKちゃんの

朝パンが俺の後ろから飛んできた。

いきなり大乱闘に!

圧勝!!おまわりが来る5~6分で全て終了

この戦いで三田グループの名前はいきなり売れた。

新橋から品川まではグループに

(総勢240人になった)

大井から蒲田までは後に暴走族の0の前身である

大井グループとの協定!

それからというと週末はいつも踊り場回り

踊り場とは今のクラブ後のディスコの前身。

片っ端から俺を先頭に軟派を仕掛ける

男がいなければそのまま持ち帰り

男がいればその場で喧嘩

むちゃくちゃ楽しかった。



毎週土曜日は先輩たちと

それ以外は高校の悪友と

同じクラスのF君

こいつが遊び人の俺の火をつけてくれた。

麹町中学のこいつは俺の知らない世界を教えてくれた。

このグループはおぼっちゃんが多く

煌びやかな世界を俺に教えてくれた。

まずは青山の「パルスビート」

長いシャギーの絨毯に囲まれたトンネルを地下に降りる

重いドアーを開けると凄い音量のディスコがそこに

今までの踊り場と違っているのはずばり音楽だ。

ロックではなくリズム&ブルースだ。

いきなりかかっていたのがスタンドバイミー

ジェームスブラウンにはただビックリ

リズムの取り方が今までとはまるっきり違う

これだ~!

店の名前通り「鼓動の衝撃」だった。

遊びが忙しくレコードまで回す金が無く

FENを欠かさず聞くようになった。

テンプテーション フォートップスシュウプリームス等の

モータウンサウンドに傾倒していった。

その頃の俺は本当に美少年で歌も自信があった。

絶対に俺は歌手になれると信じていた。

しかしこの音楽に触れたら日本の歌手なんて

歌手でもなんでもないと思い込んでしまった。

だけどリズム感には自信があった。

このリズムは俺にピッタリだった。

半年後にはかなりのダンサーになっていた。

それはまた追々に・・・・・・・