「みんなが嫌いなものでも好きなら好きと言おう」というメッセージの曲はたくさんあるけど、「みんなが好きなものでも堂々と好きと言おう」という曲はほとんどないと思います。「みんな好きだって言うから、嫌いになる」という人はとても多い。僕はそれをとても愚かなことだと思っています。

星野源/働く男 「日常」について 

 

源ちゃん、よくぞ言ってくれた!

 

この文章を読んだとき、痛快な気分になった。と同時に、過去に自分も愚かなことをしていたかもしれないと思った。

 

 

人それぞれ好きなことや趣味があり、最近は多様性が認められてきて、他人の好きなものや趣味に横槍を入れる人は少なくなった。

象徴的なのがオタク文化で、体感的には乃木坂や欅坂が世に出てきた2015年あたりから、「男性が女性アイドルを推す」という行為が恥ずかしいことではないと認められ始めた気がする。少なくとも、自分の周りでは。

 

僕もその1人で、高校時代はもっぱら欅坂46に嵌っていた。中学時代、乃木坂を好きだった人を不思議がっていたのに。お得意の手のひら返しである。

 

 

世間的には、多様性に寛容になりましょう、という風潮から人の趣味を馬鹿にするようなことは減ったと思うが、かと言って、人の好きなものを好意的に受け止められる人間が増えたかと問われると、そうではないと感じる。なんせ、自分も人の好きなものを好意的に受け止めることが出来ない人間なのだ。

 

他人の趣味や好きなことに対して、純粋に興味を持ったり、心から好意的に受け止められる人はなんて素晴らしい人間なんだろう。

反対に、自分みたいに好意的に受け止められない時があるのはなぜだろう。

 

きっと、その人が何かに熱中していることへの羨望や嫉妬の気持ちから来てるのではないか。

 

自分の好きなもの・人で言うと、阪神、オードリー、長濱ねる…などがあるが、どれも一度は否定的に受け止められた経験がある。

 

阪神に関しては、なんで関西出身じゃないのにファンなのか、とか(完全なる父親の影響)

 

オードリーに関しては、「あー、はいはい」みたいな感じで軽くあしらわれたり、

 

長濱ねるに至っては、十中八九いい反応が返って来たことがない(女性はほぼ100%)。

 

ねるに関しては、「長濱ねるを好きな男が無理」と言う女性が今までに何人かいて、きっと同性として何か気に食わない部分があるのだろう。ファンとしては、なんとも許し難いことである。

 

でも、そういう方たちはSNSで切り取られた上っ面の、真実かもわからない情報を鵜呑みにしているからしょうがないのだ、と割り切ることにしよう。

 

阪神とオードリーに関しては、生理的に無理とかよっぽどの理由がない限り、嫌がる部分はないと思うのだが、

 

「僕という人間」が阪神・オードリーを好きなことに対して気に食わないのか、源ちゃんが言うように好きな人・ファンが多いから嫌なのか、はたまたただただ否定したいだけなのか。

 

たまに「あなたって○○好きだもんね」みたいな感じで、分かった気になって皮肉的に言ってくる人もいるが、そういう人に限って、僕と大して長い付き合いがある訳でもないことが多い。

『あんたは私の何を知る…!』と、平手友梨奈並に叫びたくなる。

 

イジリの一環として、「もうええわ!」みたいに否定する時もあると思うが、

 

それが成立するのは、イジられる側が嫌な思いをしないことが前提条件である。

 

イジリというのは、イジられる方を美味しくする行為であり、決してイジる側がマウントを取って気持ち良くなる行為ではない。

 

 

だから、その場の笑いとして、ポップに否定してくれる分には何とも思わないのだが、

 

ちょっとでも嫌な気持ちになる時は、ただ相手が否定したいだけなのだと思う。

 

 

 

ただ、その否定したくなる気持ちが分かってしまうのだから怖い。

 

自分も無意識のうちに、相手の趣味や好きなものを否定してきた自負がある。

 

大抵「お前ごときが〇〇を好きって言うな!」みたいに、どこか下に見てしまっているのかもしれない。

 

自分の心が卑しいからこそ、他人の卑しさにも目が留まってしまう。

 

 

源ちゃんが綴った文章と若干ニュアンスが違くなってしまったが、僕は

 

「自分が好きなものを堂々と好きと言おう」

 

というメッセージに変換して受け止めた。

 

 

どこかで

 

「“自分の好き”を他人が邪魔する権利などない」

 

という言葉を見かけたことがある。

 

 

その言葉を胸に、これからも自分の好きなものを他人に否定されようが、好きで居続けたい。