視線が怖い
カウンセリングルームのドアが開き、ユキさんが小さく頭を下げて入ってきた。肩を少し丸めるようにして椅子に座り、バッグを膝の上に抱えている。
ダイキ「こんにちは。今日はよく来てくださいました」
ユキ「......こんにちは」
声は小さく、視線は膝の上のバッグに注がれたままだった。
ダイキ「緊張されてますか?」
ユキ「はい......すみません。人と話すとき、いつもこうなんです」
その言葉を聞いて、ダイキは少しゆっくりと話すペースを落とした。
ダイキ「大丈夫ですよ。ここは評価される場所じゃないので、ユキさんのペースで話してもらえたら」
ユキさんは少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
ダイキ「今日はどんなことでお話ししたいと思われていますか?」
ユキ「あの......面接のことで」
ダイキ「面接のこと」
ユキ「はい。もう、何社も受けてるんですけど、全然通らなくて」
少しずつ、ユキさんの言葉が出てくるようになった。
ユキ「書類は通るんです。でも面接になると......頭が真っ白になって、何を言っているのか自分でもわからなくなって」
ダイキ「面接になると、頭が真っ白になる」
ユキ「面接官の視線が......怖くて」
その言葉を口にした瞬間、ユキさんの目に涙が浮かんだ。
何が怖いのか
ダイキはティッシュの箱をそっとユキさんの近くに置いた。
ダイキ「視線が怖い、というのは、どういう感じなんでしょう?」
ユキ「見られてる感じがして......評価されてる感じがして......」
ユキさんは少し言葉に詰まった。
ユキ「あの......変ですよね。面接なんだから評価されるのは当たり前なのに」
ダイキ「変じゃないですよ。評価される場面で緊張するのは、誰にでもあることです」
ユキ「でも、私は......普通じゃないくらい怖いんです。面接会場に入る想像をするだけで、手に汗をかいて、心臓がバクバクして」
ダイキ「面接の場面を想像するだけで、体が反応してしまうんですね」
ユキ「はい......」
ダイキは少し間を置いてから、ゆっくりと尋ねた。
ダイキ「ユキさんは、面接官の視線から、何を読み取ろうとしているんでしょうか?」
ユキ「......え?」
ダイキ「面接官が見てくるとき、ユキさんは何を感じますか?」
ユキさんは少し考えてから、小さな声で答えた。
ユキ「......否定されてる、って感じます」
ダイキ「否定されてる」
ユキ「『この人、ダメだな』って思われてるんじゃないかって」
過去の記憶
ダイキ「否定されてるように感じるのは、いつ頃からですか?」
ユキさんは少し視線を上げて、天井を見つめた。
ユキ「......たぶん、学生の時からです」
ダイキ「学生の時」
ユキ「人前で発表するのが、すごく苦手で......クラスのみんなの前で発表すると、笑われたり、後で『何言ってるかわからなかった』って言われたり」
その記憶を思い出したのか、ユキさんの声がさらに小さくなった。
ユキ「それから、人の視線が怖くなりました。見られると、『また何か変なこと言うんじゃないか』って思われてる気がして」
ダイキ「視線の中に、否定を感じるようになったんですね」
ユキ「はい......だから、面接官の目を見るのが怖いんです。『この人は使えない』って思われてるんじゃないかって」
ダイキはゆっくりと頷いた。
ダイキ「ユキさんは、視線の中に批判を見つけてしまうんですね」
ユキ「......そうかもしれません」
不安のメカニズム
ダイキ「ユキさん、ちょっと質問してもいいですか?」
ユキ「はい」
ダイキ「面接官が笑顔で見ていたとしても、怖いですか?」
ユキさんは少し考えた。
ユキ「......怖いです。『作り笑顔かもしれない』って思っちゃいます」
ダイキ「なるほど。じゃあ、面接官が真剣な顔で見ていたら?」
ユキ「それはもう......『やっぱりダメだと思われてる』って」
ダイキ「どんな表情でも、怖い」
ユキ「......はい」
ダイキはゆっくりと話し始めた。
ダイキ「ユキさんは今、相手の表情に関係なく、『自分は否定されている』って感じてしまう状態なのかもしれません」
ユキ「......そうなんですか?」
ダイキ「人は不安が強いとき、相手の中立的な表情すら、脅威として受け取ってしまうことがあるんです」
ユキさんは少し驚いたような顔をした。
ユキ「でも、実際に何社も落ちてるんです。やっぱり私が......」
ダイキ「落ちたのは、本当にユキさんの人格が否定されたからでしょうか?」
ユキ「......」
ダイキ「それとも、緊張で思うように話せなかったことが理由かもしれない、とは思えませんか?」
ユキさんは少し考え込んだ。
ユキ「......確かに、何を言っているか自分でもわからなくなっていました」
小さな実験
ダイキ「ユキさん、今、私と話していて、どうですか?」
ユキ「......少し、楽になってきました」
ダイキ「最初よりも話せるようになってきましたね」
ユキ「はい......」
ダイキ「ということは、ユキさんは『話せない人』じゃなくて、『緊張すると話せなくなる人』なのかもしれませんね」
ユキさんは目を丸くした。
ユキ「......そうなんでしょうか」
ダイキ「少なくとも、今のユキさんは、最初よりもずっと落ち着いて話せています」
ユキ「でも、ここは面接じゃないから......」
ダイキ「そうですね。じゃあ、質問なんですが......ユキさんが緊張しないで話せる場面と、緊張してしまう場面の違いは何でしょう?」
ユキさんは少し考えた。
ユキ「......評価されるかどうか、ですか?」
ダイキ「そうですね。評価される場面だと、体が反応してしまう」
ユキ「はい......」
ダイキ「だとしたら、その反応を少しずつ和らげていくことはできるかもしれません」
イメージ訓練の提案
ダイキ「ユキさん、ちょっと試してみたいことがあるんですが、いいですか?」
ユキ「......何ですか?」
ダイキ「イメージの練習です」
ユキ「イメージ?」
ダイキ「はい。面接の場面を頭の中で想像する練習なんですが、少しずつ段階を踏んでいく方法です」
ユキさんは不安そうな顔をした。
ユキ「想像するだけでも、怖いんですけど......」
ダイキ「大丈夫です。いきなり面接本番を想像するんじゃなくて、もっと小さなところから始めます」
ユキ「小さなところ......?」
ダイキ「例えば、面接会場の建物の外観を想像するとか、受付で名前を伝えるところを想像するとか」
ユキ「......それくらいなら、できるかもしれません」
ダイキ「それでいいんです。少しずつ、段階を上げていきます」
ユキさんは少し考えてから、小さく頷いた。
ユキ「......やってみます」
不安の階層を作る
ダイキは紙とペンを取り出した。
ダイキ「じゃあ、まず、面接に関連する場面を、怖い順に並べてみましょう」
ユキ「怖い順......?」
ダイキ「一番怖くない場面から、一番怖い場面まで。ユキさんにとっての不安の段階を作るんです」
ユキさんは少し考えてから、話し始めた。
ユキ「一番怖いのは......面接官と向き合って座っているときです」
ダイキ「面接官と向き合って座っているとき」
ダイキは紙にメモを取りながら、ゆっくりと聞いていった。
ユキ「その次は......面接室に入るとき。ドアを開けて、『失礼します』って言うところ」
ダイキ「面接室に入るとき」
ユキ「あと......待合室で待っているときも怖いです。他の応募者と一緒だと、比べられてる気がして」
ダイキ「待合室で待っているとき」
こうして、ユキさんの不安の段階が少しずつ明らかになっていった。
最終的に、以下のような階層ができあがった:
不安レベル1: 面接会場の建物を外から見る
不安レベル2: 受付で名前を伝える
不安レベル3: 待合室で一人で待つ
不安レベル4: 他の応募者と一緒に待つ
不安レベル5: 面接室のドアをノックする
不安レベル6: 面接室に入り、挨拶をする
不安レベル7: 椅子に座り、面接官と向き合う
不安レベル8: 面接官の質問に答える
ダイキ「こんな感じでどうでしょう?」
ユキ「......はい」
ダイキ「じゃあ、一番下の段階から、少しずつイメージしていきましょう」
イメージ訓練の実践
ダイキ「まず、リラックスすることから始めます」
ユキ「リラックス......?」
ダイキ「はい。体の力を抜いて、呼吸を整えます。ユキさん、深呼吸してみてもらえますか?」
ユキさんは少しぎこちなく、深呼吸をした。
ダイキ「いいですね。もう一度、ゆっくりと。鼻から吸って......口からゆっくり吐いて」
ユキさんは目を閉じて、呼吸を整え始めた。
ダイキ「肩の力を抜いて......手のひらを開いて、膝の上に置いて......」
数回の深呼吸の後、ユキさんの表情が少し柔らかくなった。
ダイキ「いい感じですね。じゃあ、目を閉じたまま、想像してみてください。ユキさんは今、面接会場の建物の前に立っています」
ユキ「......」
ダイキ「建物の外観が見えますか? どんな建物でしょう?」
ユキ「......ガラス張りのビルです」
ダイキ「ガラス張りのビル。空の色は?」
ユキ「......青空です」
ダイキ「いいですね。ユキさんは今、その建物を外から眺めています。天気もいい。どんな気分ですか?」
ユキ「......少し、緊張してます」
ダイキ「少し緊張してる。それでいいです。じゃあ、もう一度深呼吸してみましょう」
ユキさんは深呼吸をした。
ダイキ「どうですか?」
ユキ「......少し、落ち着きました」
ダイキ「いいですね。じゃあ、今のイメージはここまでにしましょう」
ユキさんは目を開けた。
ユキ「......これでいいんですか?」
ダイキ「はい。これがイメージ訓練の基本です。少しずつ、不安な場面をイメージして、その中で落ち着く練習をするんです」
段階を上げていく
ダイキ「じゃあ、次のステップに進んでみましょうか」
ユキ「はい......」
ダイキ「もう一度、目を閉じて、深呼吸してください」
ユキさんは再び目を閉じた。
ダイキ「今度は、ユキさんは建物の中に入っています。受付のカウンターが見えますか?」
ユキ「......見えます」
ダイキ「受付の人が『ご用件をどうぞ』って声をかけてきます。ユキさんは何て答えますか?」
ユキ「......『面接で伺いました』って」
ダイキ「いいですね。受付の人は優しく『ありがとうございます。少々お待ちください』って言ってくれました」
ユキさんの表情は、少し緊張しているように見えたが、先ほどよりは落ち着いていた。
ダイキ「どんな気分ですか?」
ユキ「......ちょっと緊張してますけど、大丈夫です」
ダイキ「大丈夫ですね。じゃあ、もう一度深呼吸」
ユキさんは深呼吸をした。
ダイキ「いいですね。じゃあ、ここまでにしましょう」
ユキさんは目を開けて、小さく息を吐いた。
ユキ「......意外と、できました」
ダイキ「できましたね」
ユキ「でも......面接官と向き合う場面は、まだ怖いです」
ダイキ「それでいいんです。今日は、ここまでにしましょう」
小さな成功体験
ユキ「......本当にこれで、面接に行けるようになるんでしょうか?」
ダイキ「少しずつ、ですね。今日、ユキさんは何をしましたか?」
ユキ「......面接会場の建物を想像して、受付で名前を伝えるところまで想像しました」
ダイキ「それができたということは?」
ユキ「......」
ダイキ「ユキさんは、面接のことを想像しても、パニックにならずにいられたんです」
ユキさんは少し驚いたような顔をした。
ユキ「......確かに」
ダイキ「これまでは、面接のことを考えるだけで不安になっていたのが、今日は少しだけ、冷静にイメージできた」
ユキ「はい......」
ダイキ「それは、すごく大きな一歩ですよ」
ユキさんは小さく頷いた。
家でできること
ダイキ「この練習は、家でもできます」
ユキ「家でも?」
ダイキ「はい。毎日少しずつ、イメージの練習をしてみてください。最初は簡単な場面から始めて、慣れてきたら少しずつ難しい場面に進んでいく」
ユキ「......でも、一人でやるのは不安です」
ダイキ「不安になったら、すぐにやめていいんです。無理をする必要はありません」
ユキ「無理をしなくていい......?」
ダイキ「はい。大事なのは、『少しずつ』ということです。一気に面接本番のイメージまで行く必要はありません」
ユキさんは少しホッとしたような表情を見せた。
ユキ「......わかりました」
ダイキ「あと、もう一つ大事なことがあります」
ユキ「何ですか?」
ダイキ「イメージの中で、ユキさんは『うまくできている自分』を想像してください」
ユキ「うまくできている自分......?」
ダイキ「はい。失敗している自分じゃなくて、落ち着いて対応している自分」
ユキ「......そんなこと、想像できるでしょうか」
ダイキ「最初は難しいかもしれません。でも、少しずつ、『こういうふうに答えられたらいいな』っていう理想の自分をイメージしてみてください」
ユキさんは少し考えてから、頷いた。
ユキ「......やってみます」
自己評価の罠
ダイキ「ユキさん、もう一つ聞いてもいいですか?」
ユキ「はい」
ダイキ「ユキさんは、面接でどのくらいうまく話せたら『合格』だと思いますか?」
ユキ「......え?」
ダイキ「例えば、質問に対してスラスラと完璧に答えられないと、ダメだと思っていますか?」
ユキさんは少し考えた。
ユキ「......そうかもしれません。ちょっとでも詰まったら、『ああ、もうダメだ』って思っちゃいます」
ダイキ「ちょっとでも詰まったら、もうダメ」
ユキ「はい......」
ダイキ「でも、実際の面接官は、完璧な受け答えを期待しているんでしょうか?」
ユキ「......」
ダイキ「少し考えてみてもらえますか? 面接官は、何を見ていると思いますか?」
ユキさんは少し考え込んだ。
ユキ「......たぶん、仕事ができるかどうか、ですか?」
ダイキ「仕事ができるかどうか。じゃあ、質問にスラスラ答えられることと、仕事ができることは、同じですか?」
ユキ「......違う、かもしれません」
ダイキ「もしかしたら、ユキさんは自分に対する基準が、すごく高いのかもしれませんね」
ユキさんは目を伏せた。
ユキ「......そうかもしれません。完璧にできないと、価値がないって思っちゃいます」
価値の再定義
ダイキ「ユキさん、完璧じゃない人は、価値がないんでしょうか?」
ユキ「......」
ダイキ「ユキさん自身は、どう思いますか?」
ユキさんは長い沈黙の後、小さな声で答えた。
ユキ「......そんなことないと思います。完璧じゃなくても、頑張ってる人は、すごいと思います」
ダイキ「頑張ってる人は、すごい」
ユキ「はい......でも、自分のこととなると、そう思えなくて」
ダイキ「自分には厳しい基準を適用してしまうんですね」
ユキさんは涙をぬぐった。
ユキ「......私、いつもこうなんです。他の人には優しくできるのに、自分には厳しくて」
ダイキ「それは、ユキさんが誰かに否定されることを、ものすごく恐れているからかもしれません」
ユキ「......」
ダイキ「完璧にしないと否定される、って思っているから、自分に厳しい基準を課してしまう」
ユキさんは静かに泣いていた。
ダイキはしばらく黙って、ユキさんが落ち着くのを待った。
新しい視点
ユキさんが少し落ち着いてから、ダイキは再び話し始めた。
ダイキ「ユキさん、もし面接で少し詰まってしまったとしても、それは『失敗』じゃないかもしれません」
ユキ「......失敗じゃない?」
ダイキ「はい。『人間らしい』ってことかもしれません」
ユキ「人間らしい......」
ダイキ「完璧にスラスラ答える人よりも、少し考えながら誠実に答えようとする人の方が、信頼できると思う面接官もいるかもしれませんよ」
ユキさんは少し驚いたような顔をした。
ユキ「......そんなふうに考えたことなかったです」
ダイキ「ユキさんは今まで、『完璧じゃないと否定される』って思ってきたんですよね」
ユキ「はい......」
ダイキ「でも、もしかしたら、『完璧じゃなくても受け入れられる』可能性もあるかもしれない」
ユキ「......」
ダイキ「その可能性を、少しだけ信じてみることはできますか?」
ユキさんは少し考えてから、小さく頷いた。
ユキ「......やってみます」
次回までの宿題
ダイキ「じゃあ、次回までに、ユキさんにやってほしいことがあります」
ユキ「はい」
ダイキ「毎日、5分でいいので、イメージ訓練をしてみてください。最初は簡単な場面から」
ユキ「......5分なら、できそうです」
ダイキ「それと、もう一つ」
ユキ「何ですか?」
ダイキ「『完璧じゃない自分』に気づいたときに、自分を責めるんじゃなくて、『人間らしいな』って思ってみてください」
ユキさんは少し笑った。
ユキ「......難しそうですけど、やってみます」
ダイキ「難しくていいんです。最初から完璧にできる必要はありません」
ユキ「......はい」
対話を終えて
ユキさんが帰った後、ダイキは今日の対話を振り返っていた。
ユキさんの不安の根底にあったのは、「評価されることへの恐怖」だった。そして、その恐怖の背景には、「完璧でなければ価値がない」という信念があった。
対人不安が強い人は、しばしば自分に対して極端に高い基準を設定してしまう。そして、その基準に届かない自分を、激しく否定する。
イメージ訓練は、不安な場面に段階的に慣れていくための方法だ。最初は想像の中で、安全な環境で、少しずつ不安に向き合っていく。
そして、もう一つ大切なのは、自分への評価基準を見直すことだ。
「完璧じゃなくても、価値がある」
そのことに気づくことが、ユキさんにとっての本当の一歩になるだろう。
「この記事を最後まで読んでくださった方へ」
ここまで読んでくださったということは、あなたも今、何か抱えているものがあるのかもしれません。
一人で抱え込まず、話してみませんか?
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