ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

この多様性だ、LGBTQだ、セクハラだ、ジェンダーだ、

男女の性差に関しては、

これはダメなんじゃないか、平等じゃないんじゃないか、

たくさん騒がれるようになりました。

 

 

 

 

良いことだとは思うんです。

「これは良いのか、悪いのか」

「おかしいことなんじゃないのか」

という意見が黙殺されるわけではないので。

 

 

 

 

 

いろんな意見があって、ちゃんと誰かが聴いてくれる、

というのは良い傾向なのかな、と思います。

 

 

 

 

 

でもね、どうも男女を平等に扱うことの中身が

どうしても納得いかないことが多いです。

 

 

 

 

女性の社会進出、なんて言われるのは、

じゃあそれまでは女性は社会に貢献できてなかったんですか?

って話になるじゃないですか。

 

 

 

 

 

そうじゃないでしょ。

ただ、女性のやってることを

適正に評価する人が極端に少なかったんでしょ、

って話じゃないですか。

 

 

 

 

歴史上、名前が挙がる人に男性が多いわけですが、

その方々のそばに女性が一人もいなかった例などないわけで。

 

 

 

 

今の日本では、女性の社会進出と呼ばれているのは、

ただ男性のやってることを、女性がやらないのがおかしい!なんて言って、

女性が男性化していると言っても過言ではありません。

 

 

 

 

いえ、女性の中で特定の男性よりも、

そういったお仕事に向いている方もいらっしゃるとは思います。

そういう方は適性にしたがって社会進出すると良いのではないでしょうか。

 

 

 

 

よく学校でも教えている、

「男女雇用機会均等法」ができて以来、

雇用する側は男女の雇用条件に差が出ないよう配慮するようになりました。

 

 

 

 

 

そのコンセプト自体は悪くないと思います。

 

 

 

 

ただ、スポーツ界を見てわかる通り、

男女の性差というのは確実に存在するものであり、

埋めようとして埋まるものではありません。

 

 

 

 

陸上の100mを同じルールで男女が走る、

ということは不平等ですよね?

 

 

 

私が言いたいのは、

男女が同じことを同じ土俵ですることが

男女平等ではない、ということです。

 

 

 

 

そもそもが男性だ、女性だという性別による適性ではなく、

ひとりの人間としての適性によって

それぞれが活躍できるようにすれば、

そもそも性差がどうとか、という話にはならないはずです。

 

 

 

 

性差が社会問題化されるということは、

そもそもそれぞれの人間性が生かされるような

適材適所で我々は生きていないということの何よりの証拠ではないでしょうか。

 

 

 

 

もっと生きる場があるはずなのに、

既存の職業観、価値観に無理矢理はめ込まれて

私たちは生きていることに目を向けていかなければならないのでは?

 

 

 

 

例えば、家事や子育て自体は今は代行サービスでなければ

収入が発生しない、という社会の価値観ではありますが、

これらは現在、国の少子化問題に風穴を開ける重要職であると考えれば、

少子化対策と、社会問題を一挙解決できるかもしれません。

 

 

 

 

 

ただし、大前提として

世襲で古い価値観に染まっていないような、

柔軟で実行力の高い人間が政界に入っている、

ということが条件にはなりそうですが。

 

 

 

 

私の価値観で話をさせてもらうと、

そもそも男女平等と言う方は、

男女平等の考えを持っていないとすら思っています。

 

 

 

 

 

なぜなら、本当に対等に考える人なら、

男女という性差が物事をはかるものさしにすらならないからです。

 

 

 

例えば、自分の血を吸っている蚊と、まだ吸っていない蚊とを

わざわざ区別して考えないでしょう?

同じ蚊として私たちは分類して、

駆除する人は双方の蚊を駆除しているはずです。

 

 

 

 

物事をはかるものさしに持ってくるということは、

それ自体がそもそもあら探しというか、

ホントにそこを区別しなければいけないのか?

ということを考えることから離れていることが多い、

と私は考えています。

 

 

 

 

 

個人的に言えば、男女というのは絶対的なものさしではなく、

人間性や、その人の適性を

真正面から見ることを歪めてしまっていると思います。

 

 

 

 

肉体労働で働くことが得意な人間、

アイデアを出すことが得意な人間、

子どもと関わるのが上手な人間、

家事を淡々とこなすのが上手い人間、

みんな同じだけ報酬をもらうのが真の平等だと思いませんか?

 

 

 

 

ただ、それぞれの特性を生かして

働いている、という意味では同じでしょ?

 

 

 

 

 

既存の価値観、古い考え方があるために、

私たちは不平等、という謎のワードの中で

無意味な議論をさせられている、

という気がしてなりません。

 

 

 

 

 

 

 

本日もここまで読んでいただき

ありがとうございました。

 

 

 

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