「節子、それドロップやない。おはじきや」(アニメ「蛍の墓」より)

 

これはなかなかにアレンジのし甲斐のある名言(?)というかセリフですよね(笑)

 

例えば、「節子、それ水やない。コーラや」みたいな感じwwwwwwwwwwwwwwwwww

私は魔法を使うことができる。だから、魔素がどのように働くかを知っている。というのは、パソコンを使うことができるから、lパソコンの内部がどう動いているのかを知っている、と言っているようなものであり、正しいとはとても思えない。

(私の言葉です。><はずい)

 

 

自分が日常的に疑問も持たずに行っていることとというのは得てして、その働きかたが非常に複雑であり、意識して行うことなどとてもできないのしょう。例えば、私が水を飲もうとして、コップに手を伸ばす、というたったそれだけの行為でも自分がどのようにしてこれを行っているのかを説明することはできません。私たちの頭の中でどのような電気信号の伝達があり、なぜ、それがキチンとコップに手を伸ばすという、心が欲した行動を実現させうるのか。

私たちにとって、「できる」ということと、それを「どうやってできるか知っている」ということの間には大きな隔たりがあるようです。

 

「熟達者とは、意識せずにできるようになった者のことをいうのだ」

「本能は加速し、感情は深化し、欲望は膨張する。」(「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティーを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい、より)

 

ばかめ!それは残像だ!!