
過去に、会社の人間関係でどうにもならなくなったことがあった。
本当に会社を辞める寸前だった時。
相談した父に言われたことがある。
「今、お前が会社を辞めても、次の会社で絶対に同じことがある。
なぜなら、今起こっている出来事は、お前に用意された壁だからだ。
乗り越えない限り、繰り返して襲ってくる」
そして、こうも言った。
「その悩みの相手も、壁を乗り越えたら、多分お前の前から消える」
正直、言われた時は親父は何もわかってないと思った。
そいつは消えるような奴じゃない。
でも、とりあえず耐えました。
そして。
その人は、問題を起こして会社を辞めました。
偶然だったのか。
本当に目に見えないところで、
世の中がそういう仕組みで動いているのか、それはわかりませんが。
逃げたって乗り越えるまで同じ壁がやってくるなら、
逃げずに乗り越えることを続けることが、結局は一番良い。
自分はそれを、経験で知ることができました。
今でもそれは、私の徳俵となっています。
すいません。
心が弱くなると、思い出すので。
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その場から逃げても、結局自分の「何か」が原因で起きているので、
別の場所で、別の似たような人と衝突します。
いましたね~。
色々な塾で吠えて、結局「居場所」がどんどん減っていた人。
(そろそろ落ち着いたのか?)
彼の場合は「過剰な過剰な正義感」が「偏り」として
まわりに「窮屈さ」を与えていたわけです。
この親父さんは、さすが、
「亀の甲より、年の功」だなと。
人間の本質って変わってないと思うわけです。
400年前にも
先見の明があった人がいて、
「目の前のことしか認められない人」がいた。
教会が「体を切る異端者」として、
医学の元となった達を「悪魔呼ばわり」していた時代があり、
それが今では「最新医療」と当たり前になっている。
日本でもそう。
「体を切るなんて!」と驚く当時の人はいて、
それでも「やり切る人達」がいたから、
日本の医学も進歩した。
革命って、「その時代の常識」からは生まれません。
先見の明がある人達が「チャレンジし続けて」生まれます。
それがある一定数超えたら「新しい常識」になります。
今から20年前。
「携帯電話が流行る」と予想できた人は何人いたか?
当時の「常識」はこうです。
「98%の電話普及率がある日本で携帯電話という
あんなアタッシュケースのような
電話が流行るわけない」
では今「携帯電話」って、常識でしょ?
ウォークマンもそう。
当時は「録音機能がない音楽再生機など売れるわけない!」
⇒めっちゃ売れたやんw
新しいものを「認める」ことができなくなったら、
それは「老化」の始まりです。。。
常に新しいものを取り入れて、やっと世間の「標準」です。
何故なら「世の中は進化続ける」から。
あなたの心のOSはバージョンいくつですか?
まさか!? WIN 3.1のまま!?
世の中は「7」です。
