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ANARCHY IN THE JAP

風化させられ蓋をされ埋もれてしまった様々な社会問題を掘り起こし
一部の人間が繁栄する為に創り上げた『御都合社会』の陰で
今もなお苦しむ沢山の方々の声を作品を通じて代弁して行く
そんな役者であり続けたいsenarのブログ

某国での人質事件は死者を出す最悪の結果となり、大変、残念な知らせでありました。

御家族の方々のお気持ちと、家族同然の社員を亡くされた日揮をはじめ関連会社の皆様の悔しさは計り知れず、日本人としてただ哀しく、そして怒りが込み上げるばかりです。

謹んで哀悼の意を表します。


こういう不特定多数の方が御覧になるブログであまり何かを批判したりする事は、時には誰かを傷つけ差別的な表現にも繋がり宜しくないのでしょうが、どうしてもこれだけは言わせて下さい。


「何のため宗教ですか?」


人々の心に平穏を齎し、豊かにし、心の拠り所となるものが、そういう美しいものが『宗教』ではないのですか?
いつから宗教は争いの根源となったのでしょうか。神は何処に逝ってしまったのですか?

神が命ある者同士で殺し合えと言うのであれば、それは神なんかではありません。違いますか?何故、神に祈るんですか?神に何を乞うのですか?平和ですか?それとも殺戮ですか?

私は無宗教です。

信仰心なんてこれっぽっちも持ち合わせていません。
何故なら今、この世に存在し目に見える物しか信じることができない現実主義者だからです。
そして、誰かによって植え付けられる皆と同じ思想や価値観に支配された時点で、自分が自分という存在では無くなってしまうという考えだし、思想や価値観は自分で人生を切り開く過程で生まれ、養われていく哲学だと思っているからです。他者から与えられる物ではないと。

勿論、それは私個人の価値観ですから、信仰を持っている方とは関わらないという考えは一切、ありません。まあ強引な如何わしい新興宗教の勧誘は厳しくお断りしますけど、それ以外は別に、同じ人間には変わりないし、信仰でその人の人格を判断するつもりはありません。

まあこんな人間に宗教を語る資格なんて無い事は重々承知ですが、どうしても理解できないんです。宗教の何がそうさせているのか、理性はどこに行ってしまうのか…。

歴史でも習った十字軍。あれはキリスト教による虐殺行為ですよね。

或る宗教が他の神を認めないという理屈は分かります。
でも何故、殺す必要があるのか…異教徒であることが、何の罪ですか?
罪のない人間を殺すことを正義としているならそれはもう、神の信仰ではなくただの悪魔崇拝じゃないですか?

最も、信仰を持たない人間からしたら『神』という存在は何を神として崇拝するのか何なのかも分からないのですけど、信仰を持っていなくても私は『神』という存在を信じていないわけではありません。

私の言う神とは、自分の心の中に在る『正義』と『理性』だと思っています。
そういう正義と理性に守られているからこそ、人の道を逸れずに今まで生きて来られました。

…というように、自分はそういう考えなので本当に理解に苦しんでしまうんです。

同じ◯◯教でも宗派が違うから争うという事が、理屈で分かっていても全然納得がいきません。なんで?

こういう宗教間の争いというのは止めることができないのでしょうか?
色々な解説を読んでいても、宗教の争いは人類が存在する限り終わらないという物を目にするのですが、本当にそうですか?変えていける余地はないんですか?

信仰の違いから戦争に発展し、殺し合い、奪い合い、テロによって多くの命が犠牲になる…。

こんなことは、もう終わりにして欲しいです。
何が神ですか。人を殺させる神なんか神じゃないし、そんなのは宗教じゃなくてカルトじゃないですか。

だいたい、聖書に描かれているとかいう世界終末論ですか?
ああいうのだって結局、人々を怖がらせて『信じたら救われる』っていう具合に勧誘する為の、大昔に信者が考えた手口にすぎないような気がするのですけど…。
そういうのに踊らされて挙句、人を殺したりっていうのは何か…解せない……。

だって、世界終末なんて地球が存続する限りは有り得ない、有り得ない…寧ろ、世界終末を防ぐ事なんて簡単な事だよ!やる事は大きく分けて3つだけ。
1・人間同士が憎み合う事を止めて、2・他者の思想や人格の違いを受け入れ、3・皆がそれぞれ優しく愛を持って接すればいい…だけ。

世界終末だの聖戦だのって要は世界戦争って事が言いたいわけでしょ?

なんだか結局、予言を無理矢理正当化して実現させるように仕向けて動いてるだけのように受け取れてしまう。

何ていうエゴなんだろう…。本当にもう、こんな争いは即刻、やめて欲しい。
先日、帰宅中の終電で酔っ払っている女の子が電車内で座って寝ていました。


目も当てられないような泥酔っぷりではなかったのですが、まぁ酔っていて、座っていたら思わず寝てしまったという感じだった訳ですが、その女の子が膝の上に乗せていたバッグを下に落としてしまったんです。


それでも気づかずに女の子は寝ていて、隣に座っていた叔父様がバッグを拾ってあげたんです。それで女の子に声をかけたんですが無反応で、その叔父様はバッグを膝の上に戻してあげていました。



そこまではいいんです。


電車は大きな駅に到着して、立っている人達が沢山降りてガラっとした状態になり、すると突然、向かい側に座っていた中年くらいの男の人が立ち上がり、女の子に向かって『起きて、ほら起きて!鞄落としちゃってたんだよ?隣の人が拾ってくれたけど』と話しかけながら肩をポンポンと叩き出したのです。


その様子を少し離れた席から見ていたのですが、態々立ち上がって話しかけた…という事は知り合いで、電車が混雑していたから別々に座る事になっちゃったんだろうなー、そっかそっか。なんて思いながら会話を聞いていたのですが、何かおかしい。
あまりにも男がしつこく肩を叩くもんだから、ようやく目覚めた女の子とのやりとりが………


男『ねぇねぇ、どこで降りるの?』

女『……はぁ?誰ですか?』

男『すごい酔ってるみたいだから、助けてあげようとしている人だよ』

女『………ほっといてもらえますか。(寝ようとする)』

男『ねー起きて!だって、電車乗り過ごしちゃうでしょ?どこまで行くの?』

女『○○です』

男『◯◯は反対方面だよ?』

女『え?!』


男『逆方向だから、連れて行ってあげるよ。次の駅で一緒に降りよう、ね?』

女『大丈夫です、一人で帰れます』

男『帰れないでしょ!大丈夫、送って行ってあげるから、一緒に降りよう?ね?』



ちょ……コレはwwww



いかにも『自分、性犯罪者です!』っていうのを絵に描いたような、口元に締まりのない気持ち悪い中年男の必死さに思わず噴き出しそうになりながら、これは相当ヤバい展開なんじゃないかと思った私は



『周りの野郎共!!その状況をガン見すんなら助けてやれよホントf◯ckだな!テメーらの股間にぶら下がってる肝っ玉はお飾りですかァァァ!!!!!!』



と、思わず叫んでやろうかと思ったけど、未遂なのに性犯罪者扱いをしたら名誉毀損でこっちが訴えられかねないので、取り敢えず尾行してやろうと決心したわけです。


乗り込んだのが終電だったし自分も次の日の事とかあったんだけど、こういう状況に身を投げてみるというのも役者として引き出しが増えるので、出会ったが運命、最後まで見守ることにしたわけです。


で、次の駅で女の子が粘着男の手を振りほどいて『大丈夫です』って言いながら降りようとしたんだけど、フラフラでちゃんと歩けなくて、結局、粘着男が女の子の脇を支えて電車を降りる事になりました。私も尾行。


もうね、ホームに降りたらやりたい放題ですよ。
ニヤニヤニヤニヤして、胸のあたりを掴むようにして支えて、そのままエスカレーターに乗り込んだわけですが、その時に!!女の子のお尻を触りまくっているではありませんかァァァァ許すまじ!!!!


これはもう現行犯だ、今なら行ける!と思って「ちょっとオッサンさー」って声をかけようとしたその時。


『車内からずっと見てたんだけどさ、アンタ、その女の子と知り合いじゃないっしょ?ちょっと警察行こうか』


って、大学生くらいの割と厳ついガタイの良いお兄ちゃんがオッサンの腕を掴んだ次第です!!あああああ世の中捨てたもんじゃないね、良かった良かった^p^

その後の展開はまあ、必死に抵抗して逃げようとするオッサンを取り押さえる兄ちゃんなわけです。そこで私も調子こいて、



『私も車内でずっと見てました!その人、知り合いでもなんでもないですよ!このまま駅を降りて、どっかに連れ込もうとした性犯罪者に違いないです!すいません、鉄警呼んで下さい、性犯罪者でーす!!エスカレーターで痴漢行為までしてます、鉄警呼んで下さーい!!』


っていうのを無駄に複式呼吸の大音量で叫び続け、直ぐさま、駅の係員さんが来て御用となりまして、まあ、私も証言者として事情聴取に立ち合った訳ですが、そんな事があったんですよ


女の敵である。滅せよ!!


勿論ね、女の子も意識して気をつけにゃならん事だと思うんですよ。
悲しいけど世の中、女を見たら自分の欲望を満たす事しか考えられない病気というか基地外というか、そういう股間に脳みそぶら下げた馬鹿野郎が居るわけですよ。

だから、飲み会があって一人で電車に乗って帰らなきゃいかん時にはセーブするとかね、そういう注意をして自分の身は自分で守らないとだね…ダメだぞー


楽しいのは本当に良いコトなんだけど、自分が飲める量を自覚して、ほんとにほんとに気を付けて下さい!

何か事件に巻き込まれた後じゃ遅いし、何より、自分を大事にして欲しいゾ

自分の身を守れるのは自分だから、こういう未然に防げるであろう性犯罪は女の子の方が自覚を持って防いでいきましょ
ド久しブリーフの作業に目がちんちこちんなセナールです、こんにちは。お昼ちゃんと食べましたか?

今度作ろうと思ってる宣材のアートワークを制作するために、スタジオ代をケチって自分ちで三脚立てて眼レフ使って撮影なんぞやっていたわけす。

デモで作ろうと思ってる曲にコンテっぽい振付をして映像で流そうと思っていて、まあまあ狭い部屋ん中で変態のような格好をしながらあーでもないこーでもない1日がかりな大変な作業をしていた次第ですが、これぞほんとのプライスレス!
貧乏なフリー役者はこうやって努力するんだぜェー

で、フォーカスが当たりたいとこに当たらなくて(なんせマニュアル三脚使いなもので)没にした写真を使って、カバー作ったりして遊んでみました。

元画像はコレ。
原型がないですか、そうですか。

元

レンズはロシアのミール35mmを使ってますです。
このレンズの撮れ味はとても気に入っております!レトロなレンズっていいよね

この写真は色味とか加工しちゃったんでアレですが、シャープで色に深みがある感じに撮れますねー。あと、青がすごく奇麗にでるので、あえてマニュアルで青味を強くして撮ったりします。何ともいえない独特の青味なんですよォー、フンフン

眼レフの事を語り出すときりがないのでまた今度~。。。
とっても女子が撮りたいです、オジサンは。誰かモデルになってー


Luck Mervil



イヤッホーゥイッ!この方ですよォォォ
Notre Dame de Parisでクロパンを演じたオリジナルキャストのラック・メルヴィル!!


見て下さい、この面構えを・・・!どこからどう見ても紛れもなくジプシー一団を束ねるBOSSなわけですが!!


私は運良く、ノートルダムの初演オリジナルキャストをパリで観劇し、その後、セカンドキャストやらサードキャスト版を観る機会にも恵まれた次第ですが、やっぱりクロパンは断然、Luck!!という感想です。この方の詩うLes sans Papiersは絶品!!


権力と差別により迫害され続けるジプシーとしての生き様が本当にこの人の中にあって『Asile!Asile!』と、統治権力の及ばない聖域を求めてひたすらノートルダムに向かって拳と共に振り上げる声が、何一つ嘘のない魂の叫びなんです・・・。


勿論、オリジナルキャストの皆様は本当にタイプキャストだなーって感じで素晴らしすぎるのですが、その中でもこのクロパンという役は、作品の表層部分の大きなテーマではなく、その根底に流れる『裏』のメッセージ的な部分の鍵を担っている重要なキャラクターなので、特に圧倒的な存在感が求められるキャラクターだと感じていて、だからこそ難しいし、根底のストーリーを引っ張って行かなきゃならんという、そういう部分での役の作り込みといいますか・・・とにかく技術を要する立ち場に在ると思うのですが・・・・・・



どうしたらこんなに芝居ができるようになるんですか。



ミュージカルは歌う場面から逃れられない訳ですが、芝居の技術が確り伴っていないと、突然歌い出しちゃって何なの笑っちゃうwって状況になってしまうので、キャラクターでその状況の中に常に居続け、尚且つ、何事も無かったかのように状況が歌中にシフトして行くという所にブレないリアリティーを持っていないと、突然、次元が変わって『あれ?歌ってるの完璧に中の人ですよねコレw』現象になるわけですねー。


ここは私の思いを垂れ流す場所なので、誰の顔色を伺うことなく堂々と言ってしまいますが、巷で大々的にやっているミュージカルの中に、こういうハードルを超えられている日本の俳優さんはまだ、本当に数名しかいらっしゃらない気がします。


歌を聴かせる事に偏ってしまったり、役としての中が埋まっていない状態で技術や型だけで魅せていたり、全く相手役と状況を無視して全てが自己陶酔な表現だったり、ロボット発声だったり・・・。
こういう現象は、明らかに俳優の演技力不足だと思います。偉そうに言ってますが、勿論、自分も含めてこれから、日本の俳優が超えなきゃならん壁だと思う次第です。


日本のクオリティーも今は、決して海外に劣っているわけではないと思いますし、劣っていたとしても、それはミュージカルなんかは特に輸入された文化なので劣っていて当たり前なのでしょうが、それにしても『やっぱり来日は凄い。全然実力が違う。これが本物だ。』なんて感想を毎度毎度持たれるのは、演者として悔しいじゃんかー!


海外作品の版権を買い、無闇やたらに日本キャストで上演するのも結構ですが、やるからにはオリジナル以上のクオリティーを世界に向けて『ジャパンプライドどや~コルァ!!』って魅せつけなければ正直、金の無駄だしその先にあるアートで貿易を打つとかいうビジネスチャンスも発展も何も望めないし、やる意味がないように思います。


今の日本の舞台芸術の現状は本当に悲惨だなと。
お金がないっていうのもありますが、小劇場といったアンダーな世界にはグローバルスタンダードな芝居ができる本当に良い役者さんが沢山居るのに、そういう実力者が埋もれ、一部の力のある事務所が牛耳って、実力無視の金の動くキャスティングしかしないという…。これでは俳優も観客も育たなくて当たり前なわけです。
そして本当の良さというものも分からないまま、マスコミが良いと言えば流される…というジャパンカルチャー。


アートの世界だけの事ではなくて、世論もこういった現象が大いにありますよね。
これってやっぱり民族性の問題なんですかね?日本人は特にプロパガンダに支配され易いように思うのは気のせいですか?


皆が『良い』という物をただ良しとするのではなくて、それぞれ好きに自分の意見や考えを持って、誰かとぶつかってもガンガンディスカッションするような、そういう積極性をもっと養うような方向に動いて行ったら、この国も、政治も変わるかもしれませんねー。



話し逸れちゃったけどNotre Dame de Paris来日オメメター!!



残念ながらオリジナルキャストではなく、内容も英語版になっているようですが、本当に良い作品なので期待!観た事ない方は是非観て~


ユゴー原作の小説をミュージカル化したもので、15世紀当時、教会が権力を握っていた頃の弾圧と排除に荒んでいた時代を背景に、司祭やジプシーやせむし男を取り巻く欲望と愛憎を描いた悲劇なわけですが、何が凄いって演出・構成。


人間の一番尊くて醜い部分である『愛』という感情が昂り、やがて荒み堕落していく人間の様を、アクロバットなムーブメントで繊細に描くという、凄まじいコンテンポラリーリアリズムの世界です。
もうね、アンサンブルダンサーの皆様含め、役者さんの身体から感情が溢れ出ているのですよ。すごい演技力だった皆さん。スタンディングオベーションションションです!!!!!



初演を観た後『なんなんだこれはw』とい
う、感動だけでなく度肝を抜かれたというか、言葉では表現しがたい、ただただ揺さぶられて悪寒がするくらいのクオリティーに吐き気すらしました
今から10年以上も前のあの時代に、こんなに前衛的な演劇がある
のか?フランス人頭おかしいんじゃない?!(褒め言葉^^)っていう衝撃。笑。


ユゴーの作品はレミゼが有名になっていますが、レミゼのよ
うに目的がハッキリした誰でも分かり易いストーリーではなく、精神世界やメタファーも多用されていてキャラクターの心理や生理といったものが難解で深いです。そういった意味では、大人の為のエンターテイメントかも知れません。


うおっ、おっw楽しみww


83days家族の御見舞い


去年の今頃は、私が初めて関わったカンパニー『天才ホテル』の83daysという作品の台本を破れるまで何度も何度も読んで、想像もできない壮絶な現実と、計り知れない苦しみや悲しさや怒りを想いながら、毎日、ただ考える事しかできなかった日々でした。

東海村臨界事故。

国内で初めて原発事故での被曝によって2名の尊い命が失われたあの事件を、皆さんは覚えていらっしゃいますか?
私が関わった舞台は、あの日から被曝と闘った或る原発作業員さんの83日間を記録した、命のミュージカルです。

人間という生き物は、様々な事を忘れていく愚かな生き物だと思います。
残念ながら、福島での原発事故で、東海村臨界事故での教訓は、何一つとして活かされませんでした。

世の中には、決して風化させてはならない事実や事柄が沢山あると思います。
人間が忘れてしまう生き物であるなら、風化させない事もまた、人間の果たすべき役割だと感じます。

もし、権力という見えない力が何かを風化させる方向に動いたとしても、起こった事実に対して誰かが声を上げ続ける事が結果として、未来を守る約束へと繋がっていくような気がします。


回想


私の個人的な意見としては、原爆被爆国が原発を持つのは言語道断であり、被爆国であるからこそ原発含め、世界から核を廃絶する為のリーダーシップを発揮しなければならない立ち居値に在るのではないかと考えているのですが、国策によってここまで原発の恩恵を受け、莫大な原発マネーを得て経済を発展させてしまった今となっては、原発を廃絶すべきなのか、この先も技術を発展させて存続させていくべきなのかどうか、正直、分かりません。というのも、あまりにも原子力に依存して今の社会というものが創られてしまったので、原発が滅ぶという事は国もろとも滅ぶという、そういった極論に世論が染まって居る印象を受けるからです。

恐ろしい事ですね。原子力というものはある種の麻薬ですね。

便利さや快適さに慣れてしまった現代の先進国に生きる私達は一度、全てを捨てる覚悟や勇気が必要なのかも知れません。
原発問題だけではなく環境問題も深刻化していく中、被曝を取るか自然の脅威に蝕まれるかといった究極の選択を迫られる日もそう遠くないような気がしてなりません。

何にせよ人類は、エゴによって進化し過ぎたのだと思います。
これ以上の快適や便利を、私は何も望みません。これ以上自然を破壊して欲しくもありませんし、ビルも原子力も要りません。

命って、何でしょうかね?
自分だけの命でしょうか?

話しは戻りますが、私が原発に断固反対する理由としてもう一つ、作業員さんや周辺住民の方々の被曝問題があります。

私達の快適な暮らしの為に、誰かを日々、被曝させている。
こんな現実に、皆さんは耐えられますか?それが御自身の御家族だったらどんな気持ちですか?

今の社会は誰かのエゴの為に誰かを犠牲にし、踏み台にして成り立っているだけのような気がしてなりません。
罪のない命が沢山奪われる戦争は悪だ、反対だと声を上げておきながら、やっている事は、誰かの命を削り、犠牲にして秩序を守るという事。

戦争と、何が違いますか?


【写真1】
家族の御見舞いのシーンから。時計回りに、
お母さん役の島田洋子さん・お父さん役の武見龍磨さん
息子役の小林篤さん・息子の妻役の私、息子の妹役の岡田菜生さん

【写真2】
息子役の小林篤さん