それから色んな可能性を考えて 色んなカニューレも試した

でも 既製のカニューレでは気管内で先があたる場所が にくげ というものができてしまい 看護師さんが考えてくれて 特注になるし 値段も高くなるけど って頼んでくれて以来 ずっとそのカニューレを使っている

今の私がいるのはその看護師さんのお陰だ
感謝してます

それから 長女に無理矢理毎月お金をいれさせたりして 何とか生きてきた

そんな毎月で もうどうにもならなくなる日が近いと思い 旦那と話したけど 借りたものはかえすんだ なんて言ってたけど 私が働けない今となっては 返すあてなどないし 返せない


弁護士を紹介してもらい 自己破産することにした

二人で何百万とあった

破産が決まるまで1年もかかってしまった

その間 毎月弁護士まで 毎月の家計票みたいなものを持っていき そして 分割払いなので 毎月三万も持って行った

無事に自己破産もできて 弁護士ともお別れで 残っていた費用もここで全額支払わなければならなかった

二人で60万 それに諸費用

60万の代償は決していいものではない
今だにカードさえ作れないし

現金勝負なので 困る事だらけ

自分で選んだ事だから仕方ない

何百万をチャラにしてもらったんだしね

この10年 いい事などなかった

これは私の 罰 だろう

それから3ヶ月入院した

家に帰ってからも 退院間近から呼吸の苦しさが どんどん強くなり 寝たきりになってしまった

トイレにも行けない

ポータブルトイレを買って それで済ませる毎日

娘がその処理をしてくれる って毎日

それから2ヶ月後 また入院

そして耳鼻科に入院して 気管切開し カニューレ生活となった
喘息もちの私は 発作がおきると 点滴 する頻度が多くなっていた
夜中に何度も行った時もあった

それでも 点滴した分のお金を稼がなきゃ なんてバカな事を思い 仕事に行ったり


もうその時は 仕事を休んだりいくら少なくなる そしたら困る なんてしか考えられなく 現実もそうだ

お金に追われる日々を何年してきたのだろう
こんな事をしていたら どうにもならなくなる日がすぐくる
もう1つ仕事をしないとどうにもならない
3年やればなんとかなる って思っていた時だった

私は発作で入院してしまった

死にかけていた

その頃私はずっと夢を見ていて 私はこれで楽になれる って思っていた

何日過ぎたのだろう

私は目が覚めた

覚めてしまったと思った

その時の私は またあの生活が始まるのか しなきゃいけないのか って思ったら なんで死ななかったんだろう もう生きていたくない って本当に心から思った

そんな私の気持ちに輪をかけて 長い眠りから覚めた私は動けなくなっていて スプーンさえももてないくらい チカラがなくっていた

生きてた事にがっかりした私には凄くショックだった