ああっ!!! 大野いとッ!!!!!



お前の運動靴姿は、本当にかわいいッ!!!!!


でも、いまのお前では、この時の姿を超えることは絶対にできないッッ!!!!!

あぁ大野ッ!!!!! お前の運動靴姿ッ!!!!! 最高ーーッッ!!!!!

いずれはこの日が来ることは頭の中ではわかっていましたが…。




私が物心がついて阪急ファンとなったおそらく8歳の頃も、そして成人をはるかに過ぎた頃も、贔屓チームであるブレーブスの監督は上田監督であり続けました(1979年・1980年と2年の離任期間はあったものの)。ですから、私の中で、「監督」という言葉で思い浮かべる人とは、西本(幸雄)さんには申し訳ありませんが、ただ一人、上田監督以外にはありませんでした。そして1977年に、球界が「正力賞」を授与すべき方だったと思います。また、「ブレーブスは、阪急のものでも、オリックスのものでもありません」という監督の言葉は、実に素晴らしい名言でした。


上田監督、有難うございました。我が球団の、そして球界の偉大な先人に対し、謹んでご冥福をお祈り致します。


自宅が「上田図書館」と呼ばれたほどの大の読書家であった上田監督。野球関連の洋書まで取り寄せて自身で読解してしまうほどであった(こうイヤーブックに書いてあったと記憶しています)。