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どうでもいいこと。

時々宗教じみた人たちが宗教を偏見の目で見る。
時々嫌になる。

会社。ボランティア組織。チーム。
自分たちの活動と宗教を一緒にしてほしくない。

そもそも宗教とは?
同じ考えをもつ集団?神秘の力を信じる?
本来の宗教の目的は理解できる?


今時みんな同じ考えの集団なんて実現する?
個人宗教でもいいんじゃないか。
宗教活動している人たちはそれが世のため人のためと信じて行動する。
それが迷惑な人もいるし、馬鹿にして笑う。
それを分かった上で、自分が傷つくことが分かった上での行動かもしれない。
なら、余計なお世話は無用?
でも、お互いに偏見のない社会が作れたら。


まあ、自分にとってはどうでもいいこと。
変な宗教勧誘に貴重な時間をとられたくない。
自分に余裕があるならいいかもしれないけど。

道に迷って初めてその道をおぼえる

部屋にかけてあるカレンダーの9月の一言。

9月も中旬になってふとこの一言が目に入った。
道に迷うこともそりゃありますよねー。
でも後になってあれって必然だったかも?っていう話?

ここであえて迷わないという選択肢。
どんな道に入っても迷わない。
だから、どんな道もおぼえない。とりあえず進んで、とりあえず目的地にいく。
気がついたら目的地。道はおぼえてない。カエレナーイ。
でもそこに自分がいる。そこが目的地なら、道はおぼえなくても問題なし。
次もその次も迷わずに目的地にいける。そんな旅もいいんじゃない?

今自分は目的地にいますか?


10月は、人を動かすには真心をもって でした。

あなたが本当に望むもの

他人が本当に望むものを提供することで自分の欲しいものを全て手に入れる。
では、他人が本当に望むものを提供するには・・・

「自分が欲しいものを人に提供する」?

死んでしまいたい、そう思う人が他人に死を提供するだろうか。
みんな死んでしまえばいい。
人には自分と同じようにはなってほしくない。
人がうらやましい。
どちらかというと、人にも生きてもらいたいし、
自分も心の奥底では生きたいと願うのでは。

「人が欲しいと言ったものを提供する」?
お金が欲しいという人にはお金を提供して、
死にたいという人にはとどめを刺す。
それもありかも。

「人が何を望んでいるか考えて提供する」?
これが今求められているのかも。
普段何も考えないから。
相手が何を望んでいるか、自分に何ができるか。
考えた上で、精一杯尽くす。勘違いやダマシ騙されがなければ。
相手が、自分でない自分を望んでいるとしたら、自分を偽って付き合うこともあるかもしれない。

でも大切なのは相手を理解すること?
自分を理解すること?

「自分が手に入れて良かったと思うものを人に提供する」?
そのために自分が良さそうと思うものをたくさん集めてみる。


ここまで文脈考えずに書いてみて、思う。
他にもいろいろありそうだけど、自分は「生きること」を望んでそう。

あなたが本当に望むものは何だと思いますか。