同期に会いに行った魚沼経由東京行きの旅(帰りに柿田川に寄りました)は
神様の加護があったなって思います。
会う人との不思議な縁もそうですが、
体調が大きく崩れなかった点が一番の理由です。
本来、食べちゃいけないものを食べてましたから…
何の話かって?
ここ最近の話をしようと思いまして。
ひふみ神示にある礼拝を
毎日、神社でのっています。
のりのりです。
私には朝早く、5時ぐらいが一番いいですね。
やろうとしてやってる感じじゃないんですよ。
やらないと体がしんどくなるのでやってるんですよ。
朝が一番のりやすい。
一回、朝じゃなくて夜に礼拝したんですが、
その日の日中はずっと体調がしんどかった。
“のる”って日々の生活ができていないと
“読む”になると思います。
“のる”という行為は神様の受け皿になるためのものだと思います。
訓練のような意味合いだと思います。
祝詞を読むだけなら、たぶん、誰にでも出来ます。
ただ、“のる”っていうのは中々できないです。
この“のる”っていう状態は、“瞑想”に近いと思います。
“瞑想”しながら神前で“のる”感覚だと思います。
神様の受け皿になるために心の洗濯、身魂の洗濯をする、
それが結局、肉体の洗濯につながる。
ふと思いましたが、“のる”っていうのは短時間の憑依なのかもしれませんね。
だから、心、身魂の洗濯が必要(神様がのる訳だから)。
洗濯せずに“のる”と変な霊が憑依する(場所も大事な気がします)。
だから、因縁の身魂にだけ、なんでしょうね。
結論として何が大事かは、心、身魂の洗濯なんでしょうね。
結局、そこになるんですね。