セミクイの一生 -70ページ目

セミクイの一生

運命の分かれ道にいる、どん底の2020年。この先どうなるか?約半世紀に渡る人生記録。タイランドから発信。※2020年11月から日本帰国中

 

 

 

こちらに書きましたが、

 

 

父は母との結婚時に

国際結婚に反対され

 

実家には全く

帰らなくなりました。

 

父の父親である

私の祖父は

 

長年蕎麦屋を営んでおり

 

それはそれは

職人気質のコワーイ

頑固オヤジでした。

 

外人なんかと

結婚するなら

出ていきやがれ!!

 

二度と帰ってくるな!!

 

と、言われ

 

おぅともよ!!💢

 

と、出ていき

結婚して

私が生まれて

 

私が三歳過ぎた頃に

初めて実家に

帰ったそうです。

 

私が生まれたのは

結婚から4年後

くらいで、

意外と遅かったので

 

7・8年ぶりの?

我が家・・・

 

恐る恐る

暖簾をくぐると・・・

 

 

 

『おう!!

帰ったのかい!!』

 

 

と、普通に祖父は

迎え入れたそうです。

 

そして、祖母は

 

『おまぇ、カレーが

好きだったからね。

 

いつ帰ってきても

良いように

冷凍してたんだよ。』

 

おもむろにカレーを

出してきたそうです。

 

 

photoACさんからお借りしました。

 

 

そんな、息子が

いつ食べるかも

わからないまま

冷凍してあったカレー。

 

心待ちに冷凍してた

カレー。←いつ作ったカレーなんだろう?

 

父は涙をこらえて

カレーをたいらげたそうです。

 

親の愛って

そういう物なんだよ。

 

 

。。。

 

 

。。。。

 

 

。。。。。

 

 

って話を父から

五億万回は聞かされてます(爆)

 

 

 

祖母は私が4・5歳の

時には亡くなってしまったので

 

あまり記憶にはないのですが

 

とっても優しい

おばあちゃんだったのを

なんとなく覚えています。

 

母も優しかったと言っているし。

 

祖父のことは・・・

もう何十年も前に

亡くなっているけど

嫌いです。

 

その理由はまた

後ほど。

 

 

それにしても、

カレーって

やっぱりお母さん

って感じなのかな。

 

私も、たまに

母が日本のルー買って

 

カレーを作って

くれると嬉しい(^^)

 

そして、私も

日本に戻る前に

 

子へのカレーを

冷凍しようと

思っています。

 

母さんが恋しくなったら

食べておくれえーんイマカラツライ

 

 

 

カレーおしまいおばあちゃん

 

 

 

下矢印私は日本に戻ったら、こういうのが食べてみたい!

 

 

 

 

 

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