sembeiさんの独り言 -154ページ目

そうだよなぁ・・・・

相手のことを

傷つけないようにしよう。
そう思ってやっている行動、

実はそれが

相手を傷つけてしまっていることもある。

これを言ったら

傷つくんじゃないか?

だから

言うのをやめよう

伝えないでおこう

ということがあったとしたら

それに向きあってみよう。

言ってしまうよりも

言わないでおくことの方が

相手のためになっていないこともある。



そしてそれは、

自分のためにもならない。


いつものコーチングの記事より



そうだよなぁって

私には、ちゃんと言って、伝えてくれる人がいます。

奥さんや子供たちや両親そして
いままで出会った人たちや
ブロガーさんも


言われて凹むことも在るけれど…
そこで気付きを得て、行動することで
自分は成長しているのだと思います。


本当にありがたいことです。


そして、私も伝えるようにしています。

そこで衝突しても
ちゃんとコミュニケーションをとって話し合い
お互いが歩み寄っていくことができれば

より良い関係が
さらに築けるように思います。

変化の前に・・・

いつも同じことを繰り返すと

それが当たり前になり

そこにエネルギーが生まれにくくなってしまう。


であれば

そこに

1つ新しい要素を付け加えてみよう。


今までにない

ひとつの要素。


今までしたことがない

新たなチャレンジ。


取り組もうと思っていたけど

できなかった、行動。


そんな新しい要素を

盛り込むことで

今までのことが

新しくなる。




いつも拝読しているコーチング記事より。。。


今年もあとわずか、毎年、毎年 同じ生活を繰返していた。


新しいことにチャレンジ!


来年 新しい一歩を踏み出す前に、さあ準備しよう。


がんばろー!

命の器

>宮本輝さんのエッセイ集”命の器”を読んでいます。


あるきっかけで手にした本。


これも「出会い」なのかと・・・


この本のタイトルと同じ題名のページ数でいうと2,3ページ程度のエッセイがあります。




そのエッセイのキーワード的な文章を抜きだしてみました。


”彼と彼女は、目に見えぬその人間としての基底部に、同じものを有しているのである。”

”自分という人間の核を成すものを共有している人間としか結びついていかない。”

”「出会い」とは、決して偶然ではないのだ。”

”どんな人と出会うかは、その人の命の器次第なのだ。”





それぞれがどういう意味をもっているのかを自分なりに理解してみました。








人間どうしが”出会う”ことの意味を考えたことがなかった。


この基底部に存在する人間の核をなすもの・・・つまり、その人の魂の輝き、強さなどを ”命の器” と表現したのではないかと思います。


出会いが偶然でないのは、この魂同士がお互いを成長させるために引きつけるのだと


魂の輝き、強さが同じレベルのひとをひきつける。そして成長しようとするのでは

このレベルに差があると、魂を磨く行為、成長を人間がしなくなる。
楽をしょうとするから

知り合った当初は、ピピッと来なくても、二回目あったときに、繋がる事もある。どちらかが成長しレベルがあったのだろう。



しかし、出会いには別れも時としてある。




これは、そのとき、そのときの”命の器”が変化するからだと


その人と出会うことで成長し、いろいろな気付きを得て、魂は成長する。


でも、これは自分だけではなく、相手も同じこと。


自分は成長しても、相手が成長しなかったたら

または

相手が成長し、自分が変わらなかったら


”命の器”が変化して別れることになるのでは・・・と思ったりします。






”出会い”

それは、人だけでなく、動物や植物、ものにまで及ぶのだろう。


魂の成長は、心を感動させ振るわせるものだと思うから


だから、今現在 生きていることに感謝し、その感動を得られる喜びに感謝しなければいけないのだろう。



ありがとう