数日前に、あるビルの喫煙コーナーでタバコを吸いながら外を見ていたら、2羽のカラスが街路樹の枝から街灯へ、そこからまた街路樹へを繰り返し戯れるように行ったり来たり飛んでいた。
カラスの発情期って今頃なんやろか?なぞと思いながら見ていると、彼らがある地点を中心に行ったり来たり飛び交っている事に気付いた。
その中心地点辺りの道路を見ると、何か黒いものが落ちていた。
ジ~ッと見ていると、その黒い物体は羽根を広げてバタついているカラスだって事に気付いた。
上空を飛んでいる2羽のカラスは、このもがいているカラスの関係者なんやろう。
両親なんやろか?それともこの2羽を従えてる親分さんなんやろか?それともこの2羽の旦那なんやろか?
なんとなく、心配で上空を彼の様子を見ているように見える。
この心配振りを見ると、多分両親ってのが正解やな。
巣立ちかなんかで、まだまだ達者に飛べない時に、車にでもブチ当たったのかも?
バタバタと羽根を動かしてるけど、飛び立てない・・・かなりあがいてるって感じなんやけど、どうにもこうにも・・・。
そんな時に、DH・ロレンス(やったと思う)の「自己憐憫」って詩を思い出した。
「自己憐憫」
野性をいきるものが 自らをあわれむのを
私はみたことがない。
小鳥は凍え死んで枝から落ちようとも
自分を惨めだとは 決して思わないもの。
"SELF-PITY"
I never saw a wild thing
sorry for itself.
A small bird will drop frozen dead from a bough
without ever having felt sorry for itself.
この詩、実は当ブログでは2度目の登場です。
別にこの詩が特別気に入っているって訳ではないんやけど、何故かふんわりと覚えている。
「えらい、身も蓋もないような事言いよんなあ。」って感想です。
おまはんに小鳥の何が解んねん!っちうとこやな。
このカラスも自分を惨めやとは思うてないやろうけど、助かろうとあがいてたで。
1時間後に喫煙コーナーに来てみても、まだあがいとった・・・。
片道2車線の端から反対車線の端まで、あがきながら移動しとったけど、状況は一切好転はしてなかった。
もう1時間後に喫煙コーナーに来た時には、道路上にカラスの姿はなかったけど、上空の2羽はまだ飛び交ってた・・・。
向かいのビルの清掃員が片付けたんか、清掃員の上空を何度か飛んどった。
そりゃあ、清掃員を呪ってもあかんわ。
そのカラスを避けるために、行きかう車が大きく膨らんで走っとったから・・・。
珍しい鳥とかやったら、何か手打ってくれたやろうけど、カラスじゃあ医者呼ぶどころかゴミ扱いやったんやろなあ。
気の毒やけど、清掃員恨んだらあかん、堪忍したって。
ただ、清掃員が片付けた(と思われる)時にはカラスはまだ生きとったんやろか?
それとも、死んだん確認してから片付けに出て来たんやろか?
まだ生きてたとしたら・・・・・・あああ、ちょっとエゲツないのう。
それにしても、1時間に一回タバコ休憩しとんかい!
ハイ、しとうります。