昨日京都の神護寺へ行ってきました。

宝物虫払い行事を5月1日から5日まで行いその間一般公開されます。
たまたま家事をしながら流れてきたニュースに、その公開されるものの中に北条政子が娘を亡くした時神護寺の住職に宛てた手紙があると、そこだけに反応して、それをどうしても見たくなり、行ってきました。


私は歴史には興味が持てなくて、恥ずかしいながらかなり無知です。


神護寺は山の中にありかなり広い敷地です。初めてきました。

天気も良く新緑の緑と空の青さ、凛とした空気に、

とても心が癒されます。



360段ほどの階段を上り、楼門の右手に書院がありその中へ。

67の宝物が展示されていますが、真っ先に政子の手紙のところへ。



手紙は、神護寺の住職が娘を亡くした政子にお悔やみを送りその礼状として送ったもの。

前半は住職に丁寧に例を述べています。この辺りは回りくどい日本的だなーと感じました。(この日本的な感覚が、日本人に自死が多いことと重なるのか)

最後には

母の嘆きは少なからず(嘆きの深さをかたっています)気が狂ってしまいそうだ(あるいは狂ってしまいたい、なのでしょうか)

と書いてあります。


何度も解説文のレコーダーを再生しその手紙の前で涙と鼻を啜り、政子と分かち合ってきました。


後でネットで調べたところ、20歳で亡くなった娘のことのようです。

政子にはもう一人次女がいます、その子も14歳で病で亡くなっているようです。

政子自身は69歳で生涯を閉じたようです。

どれだけ苦しかったでしょう。

どんな思いで尼将軍となって生きていたのでしょう。


歴史上の人物に気持ちが動くなんて。


たまたまニュースで耳に入って行ってきましたが、娘がお母さん行ってみたら?って呼ばれたんだと思います。

ただあの山の空気の中に娘を感じることはなかったですが。


みなさんのように写真をあげたかったのですが、

うまくいきません。

綺麗なブログにできなくてすいません。