『あなたの売りを明確にしてハサミのように尖らせる』美容師さん専門コーチ -74ページ目

『あなたの売りを明確にしてハサミのように尖らせる』美容師さん専門コーチ

「サロンの売り」「個人の売り」を明確にして、あなたでなければならない理由を明確にすることで自信につながり、自分らしく私らしく美容を楽しむことができる。

そろそろ売れたい美容師さん専門ハサミ

能力開発プロデューサーコーチのネギーですキラキラ

 

私の世界観と題しまして、

自分がなかなか売れなくて

悩んでいた時代を振り返りながら

20年間の美容師人生で学んだ

大切なことを振り返り

 

「自分らしく私らしく自由に生きる」

 

私の人生ストーリーを

シリーズ化して綴っております。

 

お付き合い頂けると嬉しいですニコニコ

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

前回までのお話しはこちらのリンクよりお読み頂けますキラキラ

 

世界観blog ①幼少期と田舎コンプレックス

世界観blog②中学時代に起きた人生最悪の変化

世界観blog ③青春時代と縮毛矯正

世界観blog④ダブルスクールという選択

 

 

第6話「これが現実かぁ〜」

理想と現実のギャップガーン

 

 

アルバイトから正式にスタッフになり

美容師1年目がスタートした乙女のトキメキ

 

 

 憧れのサロンは地獄のような

とってもつらい場所だった

 

 

地元のサロンで培った3年半の

技術も自信も打ち砕かれた

 

 

技術チェックも始めからやり直し

全くのど素人で入社したら

絶対に無理でした滝汗

 

 

 

同期はみんな器用で

うまいことやってのけるけど

 

 

自分は不器用でだいたい

ミスをして怒られる笑い泣き

 

 

1日に何回怒られたら気がすむのか⁈

 

 

スミマセンショボーンあせる

 

スミマセン

、、、 

 

 

凹んでいる暇はなかった

 

 

ついていくのが精一杯あせる

 

 

 

睡眠時間も極限まで削られたので

もはや自分が起きているのか

寝ているのかもわからない

フワフワした感じだったohhh

 

注意

※今はそんなことはないです!!

20年前のお話し、、、

 

 

都内のサロンの中でも

異質なサロンだったと思う滝汗

 

 

それは、

 

ボスが1mmのズレも許さない

超厳格な人

だったから!!

 

 

こんなに厳しい人は

後にも先にも現れないだろう

 

 

20代前半に出会えたことに

今となっては

本当に感謝しかない!!

 

 

ボスは、私の人生を語るには

どうしても必要な人なので

ここで紹介させていただきたい。

 

 

ボスは、

美容業界に大きな影響を与え

44歳でこの世を去りました

 

植村隆博

(以後、タカさん)

 

 

この人と出会わなければ

間違えなく今の自分はない。

 

 

ブログにタカさんのことを

書こうか初めはすごく迷ったけど

 

 

タカさんの想い

私(植村隆博)を超えて欲しい

 

 これは、亡くなる前に残した

自伝の中にある言葉

 

 

この想いは、

しっかりと後世に語り継ぎたい

タカさんを超える人を作りたい

 

 

美容業界に対しても

何かインパクトを残したい

 そういう思いが強くなって来た

 

 

確かにタカさんはすごかったけど

DADAというチームが

あってこそタカさんの能力は

最大限に生かされたと思う

 

「1人ではできない」

 

偉業を成し遂げるには

最強のチームが必要だった…

 

 

このDADAという船は

何処にでも行ける!

 

でも、

 

乗っているだけの人は要らない

 

入社して直ぐに言われた🛳

 

 

当時は、原宿と表参道に

2店舗サロンがありました

表参道から1本入った

ところにサロンはあった

 

 

迷路のような店内で慣れないと

わけがわからない

構造の建築でした

 

 

今も記憶の中では

あれは夢だったのか

現実だったのか??

 

 

辛すぎると人間は

記憶が消されるというけれど

20代の記憶は断片的で

ぼやっとしている

 

 

そんなに辛ければ辞めればいい

と思うのですがどこかに

辞めない理由があった

 

 

先に入っていた

中途採用の先輩達は

次々にいなくなっていったダウン

 

 

 

美容師ブーム絶頂期アップ

 

 

スタッフの募集をかければ

いくらでも面接に来た

 

 

そんな時代

 

 

クビにするのは

簡単だったにちがいないガーン

 

 

 

実際に、

いつクビになっても

おかしくない状況だった

 

 

なんで辞めたいと思はなかったのか?

 

 

それは、

 

 

明確な目標があったから

 

 

技術に惚れ込んで入ったのに

こんな下働きのうちに

辞められない

 

 

スタイリストになりたい!!

 

 

この頃は、

スタイリストになるには

2年〜3年が普通だった

 

 

 

練習ができる環境だったかというと

そうでもない

 

 

イメージ的には

 

朝練/夜練

 

毎日やっていると

思われていたけど

 

 

1年目、2年目は

雑用しかなかった

 

 

練習は深夜〜

 

 

3時を過ぎても

あたりまえのように人がいる

 

 

今では考えられない

恐ろしい光景ガーン

 

 

今だと大問題だろう!?

※今はちゃんと帰ってます

 

 

1年目、2年目は

雑用とモデルハント

これが現実かぁ…

 

毎日、何をしに行っているのだろう??

 

作業/モデルハント

作業/買い出し

作業/モデルハント

 

 

サロンに出ずに事務所で

 

ずっと作業とか何かを買いに

 

朝からずっと探し回る

 

 

とにかく早く正確に、、、

 

 

恐怖からくるモチベーション?

モチベーションではない?

 

「自己防衛反応」

 

という方が正しい(苦笑)

 

 

あの当時は、

この作業や買い物など

誰でもできる作業ですが

何故自分ばっかりやらされているのか?

 

 

全くわからなかったし

不満しかなかった

 

 

でも

今思うとあの雑用や作業が

今の自分自身を構成していて

一つも無駄なことがなかったことを

確信している

 

 

知らず知らずのうちに

ものすごいものを得ていたキラキラ

 

 

①折れない心

②クオリティー

③なんでもやればできる

 

 

タカさんには、

身の回りのことが

ちゃんとできなければ

仕事はできないといつも言われた

 

 

例えば、

 

 

掃除のクォリティーが

仕事のクォリティー

 

 

朝の掃除は、

スタッフ全員で1時間近く

毎日やっていた

 

 

 

こんなに掃除するサロンも珍しい

 

これは、今でも続く良い習慣

 

 

そんな雑用ばかりしているうちに

1年、2年があっと言う間に過ぎた

 

 

2年が経過する頃には

同期の中でも確実に

 

 

できる人 / できない人

 

 

この分類というか

イメージというか

レッテルが貼られたゲッソリ

 

 

できない人と背中に

大きな字で書かれていた

ような気がする、、、

 

 

気のせいではなかったあせる

 

 

呼び出されて怒られる回数も

ダントツトップアップ

 

 

重要なセミナーに連れて行って

もらえない確率も1番

 

 

雑務がまわってくる率も

ダントツ1番だったからだ

 

 

結果が全ての厳しい世界ショボーン

 

 

次回に続く

世界観blog 第7章 人生初の作品撮りは衝撃的だった

 

 

最後までお付合いありがとうございました音譜

 

 

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