バチェラー 5が終わり、しばらく経ちました。
振り返ってみて1番考えたことは、「バチェラーというコンテンツにおける価値観が、いかにあるべきか
」について。今回はそれを書きます
(コンテンツの大ファンとして、家族社会学者の端くれとして、真剣に考えてみた)
↓こちらは前回、視聴前の考察
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そもそも、「バチェラー」という概念自体が、現代のフェミニズム思想に、ちょっとマッチしていないんですよね。
でも、上野千鶴子先生も言っているように、↓女が弱い女のままで(もちろん男も含めて)、そのままの自分で生きられることが大切なのであって。
それをなんか、「女性が男と同じようにならんといけん」みたいな、未だ成熟しない肩肘張ったフェミニズムが幅をきかせている時代(日本の経済状況等を踏まえた世間的な情報操作もあると思いますが)。だから、番組としての「バチェラーと、参加女性の関係性」の表現がむずかしいのでしょう![]()
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今回の「バチェラー 5」では、バチェラー長谷川さんと出演女性が、ほぼ対等なスペックだったと思います。長谷川さんは確かに元スポーツ選手でモテてきたのでしょうが、ビジネスマンとしては起業したばかり。もちろん出自もメンタルも性格もフィジカルも兼ね備えてる素敵な男性ですが…、女性の方も、ほとんど同じでしたね。経済的に立派に自立した美女ばかりだった。
すごく対等な試合でしたね。(試合?
)
それから現代の価値観としてもう一つ、有閑マダムに対する憧れの消失、、というより市民権のなさ!!
というのがあります。。だって女性も、稼いで一人前扱いでしょ、今の日本て。
とすると、有閑マダムって蔑まれる存在(あるいは認めてもらえない立場)なわけですよ。社会人としては未熟ですから。(いやでも消費は担ってんで?
)←ほらー、なんか今の時代の価値観的にはアウトでしょ?
辻ちゃんみたいな感じが、今の時代のお手本なんだよね。
でも、伊代ちゃんみたいな感じでもいいと思うんだ。「オレの奥さんじゃなかったら、破産してるよ!!!」(byヒロミ)みたいな。![]()
次回のバチェラー妻像は、そういう所目指してみてほしいな
うん。
勝手な提案をして終わります!![]()
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つかたぶん、本物のバチェラーは、ああいう煌びやかな場所にぐいぐい出てくタイプより、サポート気質の控えめな女の方がバランス的に適してるという、ショーとしてどうにもならん問題を抱えていると思うんだな…
(「バチェラー3」くらいまでは売名行為みたいな人少なかったと思うけど…まあ「バチェラー5」では全員ビジネスマンだからしょうがないとは思うんだけど…。「オス味」の強い男の「オス味」を引き出さんといかんと思うんですね)
結局夫婦って、補い合いじゃないですか。だからこそ長続きするわけで。
パワーカップルばかり誕生させてたら、世の中貧富の差も、離婚件数も、増加の一途だよ。まあそれが自然の摂理なら、しょうがないのかなぁ?世知辛い世の中だよな……![]()
てことで私は伊代ちゃんのような文化人的な妻を目指してがんばります!![]()
=著作のご紹介=
・これは詩集と言えるのか、よくわからない処女詩集。
・処女小説。小説というより詩人の抒情詩です![]()
・自分の1番まともな部分で書いたやつ。




