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次からオールウェイ

ちょっとまじめで、ちゃらんぽらん。気ままにボウリングと生活を楽しむ、まじぽらんの日記

久々に驚きました。(というか、認識を新たにしました。)

同業からの言葉です。
「仕事は新しいものは、こちらに振らないでくださいよ。」(手間がかかる・勉強しなくてはならない)

(※こちらからの依頼は、本を書いてくれというほどの内容では【ありません】)

・・・仕事は常に新しいことに向かっていくものだと理解していました。
・時間がかかることは理解できます。
・ここのところ忙しいことも理解できます。

(しかし)
・仕事に対して、敬意がないな。少なくとも、言葉からは感じません。
・だいたい、新しいことの方が面白いはず。
(と、思い込んでいた当方が悪いのかもしれません。)
・恐らく、今までのお付き合いの仕方を間違えていたのでしょう。
・それにしても、今まで、“同じようにやる”ことを是としてきたのでしょうね。(たとえ、同じように見えても、集まる人によって常に新しい。同じものなんてあり得ない。)
・・・

・・・新入社員研修をもう一度受けて欲しい。



たった一言で、存在が遠くに行ってしまった。

仕事は人材育成に関連している。
先週、研修の終了時に、受講者から発言があった。

「実務に役立つかどうか判らないが、オレはこの2日間で成長した。」

この言葉は私の心に刻まれた。



もう一つのブログ(ボウリング辞書)の更新をやめて、100日強、経つ。

ちょいと、ブログを読み返してみた。
う~ん、自分の文章が汚い。


“正しい”“綺麗”は主観だと思う。・・・
要は、自分の中で汚いと思う記述が満載だった。


1.接続の「も」
2.使役動詞
3.一文40文字以上
4.一文二意
5.目的と手段の混在


特に自分が「接続のも・や・たり」を、ここまで多用しているとは思わなかった。


仕事の文書では使用していない(はず)。
部下が書いて“も”、取引先から提出“されても”、感情が反応する。
にもかかわらず、意識しないと、自分が書いてしまう。


文書の書き方が身についていない証拠だな。



論理構成が甘い上に、汚い表現をしているとは・・・

 

もう1度勉強だな。(「辞書」は少しづつ直そうかな?)

 

ボウリング仲間用のワインです。
マーガリ。
マーガリ 

300出したら、1ダース飲んじゃおうかな?  
思考の自然な流れは、時として受け容れ難いもの。

代表例は「なぜ?」

■聞く側の「なぜ?」は思考の自然な流れであっても、
答える側にとって、意味がない場合がある。

知ってどうするの?(#単なる、欲求だな。)

■“楽しい”“悲しい”
「なぜ?」
・・・何が、楽しいのか/悲しいのか?説明はいるだろうか?
・・・「何?」を知って、で聞く側は何を知るのだろうか?

「ボウリングは楽しい。
「なぜ?
→「ストライクが・・・・
→「仲間と話すことが・・・・
(本当か?)
→→「メンタルの動きが、身体に出る。自分の心技体と対峙する時間になる。」
(判る?)
→→「狩猟本能を満たすから・・・・
→→「反復の中に、成長をくすぐるものがある・・・・
(判るのか?)
→→→「脳の中に、人類の歴史に刻まれた・・・・
(そこまで考える?)
(または、その先は?)
→→→→「そもそも人間は・・・・
→→→→→「生命は・・・・
→→→→→→「宇宙は・・・・
(その先は?あるの?ないの?)

・「なぜ?」の意味
「ボウリングは楽しい?」に「なぜ?」は適切か?
→状況次第
→問いの目的次第
→聞く側と、答える側の乖離があると、意味づけはできやしない。

■感情が入るとさらにややこしい。
「ボウリングは楽しい」
「楽しいんですね?」
「Yes, 楽しいです。」

この他に何があるのだろうか?
恐らく、聞かれても困る。


■人によって、優先することが違うのでしょうね~。
・「なぜ」に飛びついてしまう人
・(「なぜ」は秘めつつも)「感情(気持ち)」に寄り添う人


感情(気持ち)に傾いているとき、「なぜ?」は意味がない。
受け容れにくいかもしれない。