今まではスローペースの更新でしたが、あまり間隔が空いてしまうと流れが途切れるので、出来るだけ更新頻度を上げようと思っています。
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前回は高校を卒業したけれど仕事が見つからず、東京都心身障害者福祉センター(以下、都身障)の職能課に通い始めて、そこで本格的にパソコン(富士通FM-8)を使い始めたというところまで書いた。
職能課からFM-8の使用を許されてからは、午前中は和文タイプ、午後はFM-8で簡単なプログラムを組むという毎日で、その合間に当時はまだ少なかった障害者のプログラマー養成をやっているところを見学したりしていました。
神奈川県座間市のアガペ作業センターや埼玉県所沢市の国立職業リハビリテーションセンター(以下、国リハ)等、当時障害者のプログラマー養成をやっていたところはあらかた見学して回った。
でも、場所が遠かったり、対象者の最終学歴の要件が大学卒だったりとなかなか条件が厳しかった。
そんなところに飛び込んできたのが、日本チャリティプレート協会(当時は財団法人、現在は特定NPO法人)が当時新宿一丁目に本部に併設する形で、障害者のプログラマーを養成する訓練所の話だった。
当時は既に日本チャリティプレート協会本体からは独立した「財団法人 肢体不自由者職能訓練センター」(現・一般財団法人 障害者職能訓練センター)という別組織になっていた。
まあ、当時の同期生や先輩後輩と会って話すときはみんな「チャリプレ」って呼んでいるけれども。
ここでチャリティプレートについて簡単に説明すると、元々は米国発祥で、特定の番号や文字と紛失時の連絡先として日本チャリティプレート協会の住所や電話番号を刻印したキーホルダーのこと。
それを付けたクルマなどのキーを紛失すると、そういうものを付けていないキーなどより返却率が高くなる。
そして、キーホルダーの製作や紛失時の連絡先業務で収入を得て、職業訓練や各種福祉団体への寄付金交付などの業務に使うという仕組み。
詳細は日本チャリティプレート協会のウェブサイト
http://www.jcpa.net/jcpa/ を参照して欲しい。
説明が長くなりすぎたけれど、肢体不自由者職能訓練センターが次年度の訓練生を募集しているという情報が入ってきて、ダメモトで受けてみようということになった。
当時は今と違って障害者にITを習得させる訓練所も少なくて、一般企業の障害者雇用率も低かったので、まずセンターが就職先を斡旋して、そこに就職できれば就職先からの委託という形で訓練を行っていた。
当時の就職先は今では考えられないほどの大企業がたくさんあって、運良く自分もある大手電機メーカーに潜り込むことが出来た。
当時は今と違ってパソコンが一般業務に使えるほどの性能を有していなかったので、いわゆる汎用コンピュータのプログラミングを勉強することになった。
肢体不自由者職能訓練センターは当時、日立製作所の「M-220D」という汎用機を導入していた。

当然ながら汎用機は堅牢なOSを持っていたけれど、スペックだけ見れば今のスマートフォンよりも低いものだった。
要は性能よりも「24時間365日止まらない」という信頼性が要求されていた。
今でもリアルタイムでお金を取り扱う金融機関等では汎用機の需要が高いし、汎用機を作り続けるメーカーもある。ぼくの前の職場もそうだし。
端末にしても、汎用機本体とのやり取りをするだけの機能しかなかったけれど、その分堅牢な造りになっていて、1台数十万円もする代物だった。
そういう高価な端末はそうそう人数分揃えられないわけで、訓練所にも5台しかなかったし、就職した会社の情報システム部にも4台ぐらいしかなかった。
今でこそ就職すれば自分用のPCが貸与されることが多いけれど、それって結構最近になってからのこと。
チャリプレから斡旋された職場には27年間在籍したけれど、その27年間はITの変遷、つまり大型汎用機による大量集中処理からクライアントサーバーシステムによる分散処理、そしてインターネットの普及やクラウドコンピューティングによって再びサーバーによる集中処理になる過程を見てきた27年間だった気がする。
いつもより長くなって申し訳ない。
この続きはまた今度。