ここ最近は、一瞬一瞬を過ごして
あっという間に一日が終わる
その繰り返しだ
つらいこともあるがいいこともある
熟れた桃を買った
少し痛んでいたが、とても甘くて美味しかった。水菓子たる所以である。
そういえば、随分前にこんなことを記していた。『若く苦い桃をそのままかじった。泣きながら。』たしか、そんな感じだったと思う。
自分に呆れて絶望し、若い桃をそのまま食べたという苦い思い出。贖罪のつもりだったのだ。桃が食べられるだけでも贅沢だが、なぜか若く苦い桃をかじることで、自分を罰していた。その最中で、自分の愚かさを恥じて、泣きながら食べていたのを今日、思い出した。
書き記した日記はないが、あの頃も不安でたまらなかった。物心ついた時から、わたしには『不安』という影がついて回った。
それゆえに、夢を叶えると、代償を払うことになるよと影の自分が囁く。
青かった自分には払拭する知恵もなかった。今も、かもしれないが。
いつを生きても同じ、とは言えない。ブレない生き方というのは難しい。
わたしはブレない生き方というのが、おそらくできない。憧れるが、できないのだ。しかしわたしのこの性格も、よく言えば柔軟な性格だと思いたい。
それゆえにあちこち動き回るから、挫折も経験する。
そういう肥やしとなる経験の寄り道なら、悪くないのかもしれない。自分に振り回され惑わされながらも、自棄になることを減らして、自分を愛して、満足することを見つけていきたい。
五年ぶりだろうか、こんなにも熟れていて、甘い桃は。
五年、迷惑をかけながらも歩んできた。
その褒美として、今日は桃の余韻を味わいたい。