題名はいかめしいですけど内容は至って平易です(笑)

いつも言ってる事ですけど
日本人と外人は違います。

物事を語る時、他の物事との共通性とか一般性に
注目して語ると  これとあれはこのように似てる
とか同じものだとか云います。

しかしそれだけでは物事の一面しか見えません。
ものごとを全体的に見るには
ものごとの特殊性とか独自性、個性についても語らねばなりません。

これとあれとはこのように異なるといった
他と異なってる点について語らねば片手落ちです。

先生が生徒について語る時
一年生はこう、二年生はこう、
あるいは小学生はこう、中学生はこう、と言うときは
この生徒とあの生徒の、
言い換えるとA君とBくんに共通してあるもの、
について語るのが一般性です。
しかしそれではA君とB君の違いがわからず
A君、B君の個性も解らず、曖昧になってしまいます。
結果としてA君もB君も落ちこぼれになりかねません。
それを解決するためには
A君とB君の特殊性、
A君にあってB君にないもの、
あるいはB君にあってA君にないものを見つけ出す必要が
あります。
こうすることでA君とB君の個性が際立ち区別がはっきりしてきます。

個性が違うと
どんなメリットがあるのか?というと
体型が違うと、例えばデブには大きめの服が
ヤセには細めの服が合うというようなものです。

それが拳法に何の関係があるの?
と言われそうですね。
じつは大有りなんです。
拳法、武術界ではその武術なり拳法なりの特殊の戦い方が
伝承されているのですが、
それが曖昧になってきているのです。

その代表的な例がジュードーです。
レスリングか柔道か解らんような戦い方をしています。
これはそのトレーニング法がよく似ているからだと思います。

ということは体つきも似通って来ていて
結果として戦い方も似て来てしまう。
その境界が曖昧になってきています。

これは相撲も同様です。
トレーニングの仕方が似てくるということは
勝負内容も似てくるということです。

日本の武道で腰を落とせ、といわれるのを
ただ足腰の強化、鍛錬としてだけ捉えているという有様です。
動きの質が、力の質が異なってくるというのが
どうしても解らないのです。
情けない事ですが。

次回はわが太極拳や八卦掌も俎上に載せます。