バリに来るようになって
早い段階で 知り合いになった友人夫婦

父親の代にスラバヤから 
バリに移住してきたジャワ人の家族である。
先見の目があったのか

私がバリに通い出す30年も前のことである。
バリ人社会の中で
随分と居心地悪かっただろうねチーン



彼の仕事は
初めはオーダーメイドのテーラーから
革の洋服
革のシューズと
変化を遂げながら
今は小さなミニマーケットと
夕方から 朝方まで営業している
食堂を経営している。
食堂の仕込みはミニマーケット脇の
スペースで夕方に行い
仕上がると運び込むと
いうシステム。


そして 昼前に起きて
ミニマーケットの開店前の2時間くらいで
今度はテーラーの仕事も始めた。


結構な歳になっているが
未だ 挑戦し続ける前向きな姿勢に
頭が下がる。


働く姿を子供達に見せるのは
親の責任だねグラサン


そして 子供達には
過保護にはならず
可愛い子には旅をさせろと
ガッチリコントロール
と言う方針で
日本で言う中学位に
なると ジャワの全寮制の学校に
入れている。
バリは教育レベルが低いらしい。

うーん
わかるなぁ。



大学出ても 観光業しか 就職先が無いというのも
問題かな。