Segovia Old Town

 

Segovia Old Town3

 

おとぎ話のお城を抱く中世の街

~セゴビア旧市街と水道橋

紀元前から人の手によって手が加えられていたセゴビアの地。

地形的に守りやすかったこともあり、丘の上には早くから王たちの

居城が置かれてきた。

 

ローマ帝国の支配下に落ちたことは、セゴビアの生活水準を上げる

結果となった。その一つが水道施設の整備であり、現在も残っている

「水道橋」はその一部だ。

 

中世にもっとも繁栄したセゴビアは、その時期に建てられた大規模な

建造物を遺している。代表となるのが、「アルカサルの城」と「カテドラル」だ。

アルカサルは、おとぎ話にでてくるお城を現実化したような姿をしている。

現実には、厳しい歴史が刻まれたアルカサルだが、外側からみた姿は、

今もファンタジーやメルヘンの世界に迷い込んでしまいそうな雰囲気を

持っている。

 

2000年の歴史を持つ水道橋の建設方法

Aqueduct

 

長さ813メートル・高さ28.5メートルにも及ぶ水道橋は、紀元1世紀頃に築かれ、

2000年の歴史を持つ。19世紀末まで実生活で使用されていたほど、世界的に

見ても保存状態が良く、現在でも水を流すことができるという。

 

高台にあった旧市街地に水を供給するためには、同じ標高の給水源から

水をひいてくる必要があった。選ばれたのがフリオ川で、そこからアルカサル

までの区間に水を通すため、非常に高さのある水道橋が建造されたのだ。

橋と名はついているが、下は川ではなく地面。また、最後の区間では

地下水路となっている。

 

写真で見ても分かるが、この水道橋は非常に幅が薄い。橋脚のもっとも

太い部分であっても2.4メートルしかない。そこに石を30メートル近く積み

上げていて、眼鏡橋型に組んでいるため、空洞部分も大きい。不安定に

見えるのも当たり前だ。

 

ローマ帝国は、紀元前80年にはセゴビアの地を制圧していた。他のローマ

帝国下の都市と同様、セゴビアでも、上下水道整備はいち早くとりかかった

公共事業の一つだった。

 

2万個以上の積み石が使用されているが、それぞれをつなぐ接着剤のような

ものは使われず、形を整えることでバランスをとって積み上げられている。

167か所にも及ぶ難しいアーチの部分には、木の仮枠をはめてそこに石を

組みんでから取り外したとか。石には小さな穴が開けられているが、それは

固定のためではなく、高所へとつり上げるためのものだったそうだ。

 

一見不揃いに見える直方体の石が美しく積み上がっている様を見ると、

1つ2つ、だるま落としのように抜いても大丈夫なのでは、といたずら心が

湧き上がってくる。もちろん現実には、それは致命的な倒壊のきっかけに

なるのだろう。

 

後世、イスラム教徒に占拠された際、重要なアーチ35カ所が破壊され、

一時的に使用できなくなったが、修復された。その後も、生活の中心としての

役割を果たすため、大切に保全されてきたのだろう。

 

橋の中央部分には、守り神としてかマリア像が飾られている。

見学は、橋脚部分から見上げたり、脇に作られた長い階段を上がって横から

眺めたりできる。日本の眼鏡橋のように歩いて渡ったりはできない。

 

白雪姫やルパン三世が登場? アルカサル

Alcazar

 

Alcazar2

 

ディズニーが白雪姫をアニメ映画化する時に、モデルとしたのが

アルカサルだといわれている。実際の姿をみると、シンプルながら

とんがり帽子のついた塔を持ち、窓が少ない石造りのお城はまさに

「おとぎの国のお城」のイメージそのものだ。また、日本の人気アニメ、

ルパン三世の「カリオストロの城」のモデルではないかとの説もある。

 

アルカサルは、2つの川が合流する地点の丘の上に建てられた城で、

3方を高さ100メートルほどの断崖絶壁に囲まれた天然の要塞でもあった。

その立地から、古くからケルト・イベリア人の居城が置かれていたが、

ローマ帝国軍が侵入占拠すると、街は破壊され、新たに作りなおされた。

それが今に残るセゴビア旧市街地である。

 

防衛を重視した街づくりから、旧市街地を巡る城壁が作られ、城門や

城塔も設置された。難攻不落な要塞は、外から中へだけでなく中から

外への通路も少なくなる。アルカサルには、吊り橋のほか、川まで下りて

市街にある秘密の隠れ家などにつながる地下通路もあるという。

 

歴史の中では、スペイン王室に愛された期間もあれば、牢獄として

使用されていたこともある。近代には、砲学校としても活用されていた。

現在は、博物館として公開されていて、きらびやかなステンドグラスや

王座、牢獄の鉄格子などを見学できる。

 

内部の装飾は、外側の美しいが質素な趣とは異なり、豪奢だ。

壁や天井の絵画や細工の見事さと保存状態の良さに目を見張るが、

19世紀に火事で大部分が焼失し、修復されたのだそうだ

庭の迷路のようにキレイに刈り込まれた植木が、ますますお城の

イメージにぴったり。一方で、シンプルな中庭には、継母と継姉妹の

ために朝からお茶の用意をしているシンデレラとネズミの友達が

現れそうだ。

 

セゴビアの貴婦人・セゴビア大聖堂(カテドラル)

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水道橋とアルカサルの中間地点にあるゴシック様式の大聖堂は、

16~18世紀に建てられたもの。それ以前は12世紀に建てられたカテドラルが

アルカサル広場にあったが、カスティージャ市民の氾濫によって破壊されて

しまった。旧カテドラルからは、破壊を免れたステンドグラスや回廊が移設

されている。

 

外装は、小振りな塔が何本も建つ繊細さをもつ。その姿から貴婦人との

あだ名がついているほどだ。しかし、周囲に大きな建造物が少ないせいもあり、

目の前にすると、遠景からの繊細な美しさとは違った威厳を感じる。

 

カテドラル内には、写実的な彫刻が多くあり、十字架にかけられて血を流す

イエスの像などは、少し怖いくらいだ。カテドラル周辺は、古い街並みや

教会などが残っているので、散策が楽しい地域だ。

 

セゴビアの歴史

Segovia

 

セゴビアはスペイン中央部にある古都で、古代ローマ時代から中世に

いたるまで、生活に密着した歴史的遺物が多く残っている。

 

ケルト・イベリア族、古代ローマ帝国、イスラム教徒、キリスト教徒、

ユダヤ教徒など、民族や宗教が混じりあって豊かな芸術的文化が

生まれ遺された。

 

中世に全盛期を迎えたセゴビアは、首都として発展を続け、繊維業を

中心とした産業によって豊かな市民が増加し、芸術家も流入。

 

日本の奈良や京都のような古都であり、街を歩けば史跡にあたるほどに、

さまざまな文化遺跡を見ることができる。

 

その他の見どころ

La Vera Cruz

 

「ラ・ベラ・クルス」は、13世紀にテンプル騎士団によって建築された

ロマネスク様式の教会。12角形の構造を持ち、世界遺産の一部として

登録されている。

 

中央広場の「砂除去場」は最近発見された、長い道のりを流れてきた水に

含まれる不純物を取り除くための井戸。上水道を管理するための当時の

工夫の後が見られる。

 

「エル・アソゲホ」は、水道橋の一番高い部分のある広場。水道橋から

アルカサルへと向かう途中にあり、今も昔も街の中心となっている。

お土産物屋が店からはみ出るほどの商品を並べている。

 

食べるなら名物料理

Barbecue

 

街に、軽食やコーヒーを楽しめるカフェは多数ある。旧市街地周辺の

あまりに素朴な街並みに、かなりの田舎街のような気がしてくるが、

新市街地へと出ると、日本食や中華の店もあり、都市であり観光地で

あることを思い出させてくれる。

 

セゴビアの名物料理は「丸焼き」。子豚や子羊を、皮がパリパリになるまで

丸ごと焼いたものが大皿に載ってドンっと登場する。これを切り分けて

食べるのだが、その見慣れない姿にちょっと食欲が落ちる可能性もある。

 

最後に

世界の城の中で訪れたいものとして、高ランクにリストされるという

アルカサルの城を抱くセゴビアの地は、水道橋、カテドラル、ラ・ベラ・

クルスとともに、世界遺産に登録されている。

 

都市から日帰りが可能な距離であること、素朴な郊外の街の

雰囲気を味わい、古都としての歴史を堪能できる場所として、

地元スペインからの旅行客も多く、リピーター率も高い。

 

スペインに多い、派手で巨大な世界遺産とは一線をひいた、

生活密着型観光地といったところだろうか。遺跡と普段の生活場との

間に境界がなく、互いに自然に溶け合っているのが特徴だ。

 

日帰りがほとんどだが、できるだけ朝早く出発し夕飯まで街に残る

プランを立てて、ゆっくりと雰囲気を味わうことをおすすめする。

 

そこを訪れた人しか感じることのできない感動を、写真、動画、

そして言葉で表現してみませんか? あなたの旅の話を聞かせてください。

Porto

歴史の中で培われた伝統的美を

重んじる街~ポルト(Porto)/ポルトガル

ポルトガル第二の都市であり、国名の由来ともなったポルトの

旧市街は、多くの歴史的建造物が残る「ポルト歴史地区」として

世界遺産にも登録されている。

 

街を歩いて気づくのは、古き良きものが守られ、伝統的な美の

センスで統一されている点。ポルトガルやスペインの他の都市と

比べても、歴史的建造物が現代に生かされている。

 

クレリゴス教会と塔

ClerigosChurch

18世紀建造の教会は背高のっぽなのが特徴。ポルトガルでも最も高い

教会だといわれているらしい。隣に立つ塔は高さ76mと一際高く、225段の

階段を登りきればポルトの街を一望できる。ポルトのランドマークとして、

街の小路のあちこちから目印ともなっている。

 

教会に入って右が塔、左が礼拝堂への入り口となっている。見逃しがちな

礼拝堂の内部見学は無料。十分な見ごたえのある美しさだ。

 

ポルト大聖堂(カテドラル)

PortoCathedral

12世紀に建造された要塞跡を改修して聖堂としたもので、外観は

シンプルかつ重厚。12世紀のロマネスク、16世紀のゴシック、17世紀の

バロックと、3つの様式を1つの聖堂内に見ることができる。

 

見どころは、万華鏡のようなバラ窓と銀で覆われたサン・ティシモ祭壇。

どちらも輝いている。隣接する回廊は、アズレージョ装飾されていて美しい。

 

ドン・ルイス一世橋

Don

エッフェル塔を設計したエッフェルの弟子による作品で、やはり鉄の

レースをイメージできる姿となっている。

 

両岸の丘の部分と河岸部分の高低差を、橋を2階建てにすることで

うまくつないでいるが、現在は、2階部分に最新メトロが1階部分に

車が通っている。歩いてならどちらも渡れるので、橋の両側に並ぶ

カラフルなマッチ箱のような家や遠くに見える旧市街の塔、ワイン蔵

などを眺めながら渡りたい。

 

ただし、風の強い日はかなり揺れるので寒さに対してだけではない

覚悟が必要かも。

 

 

アズレージョ

Azulejos

ポルトガルの装飾用タイルのことで、青を基調としている。

ポルトガル中のここかしこで、このアズレージョが壁や床、天井などに

貼られている。ただの絵柄タイルではなく、芸術品的存在でもある。

 

15世紀以降、時代と文化と流行に合わせてアズレージョも変化しているのが、

建造物に使われている様子から分かるのが面白い。

 

街で売られている涼しげな色合いのタイルは、鍋敷きや飾りとしても

転用できるので、お土産にもおすすめだ。

 

アルマス聖堂

ArmasCathedral

交差点の角に立つアルマス聖堂は、その外壁一面がアズレージョで

覆われている青い教会だ。

 

確かにタイルだが、ほとんどキャンバスのような使い方。壁面に

貼られたアズレージョには、芸術的な宗教画が描きこまれている。

見ていて思い出すのは、銭湯のタイル壁に描かれた富士山。

アレの宗教版に見えるのは気のせいだろうか。

 

カルモ教会

CarmoChurch

こってりした装飾の正面ファサードに対し、側面はやはりアズレージョ。

ポルトガル最大規模の宗教画アズレージョといわれている。

カルモ教会の内部は、白と金を貴重にした豪奢な雰囲気。外側の

アズレージョばかりが注目されるが、内部見学もお忘れなく。

 

サン・フランシスコ教会

SanFranciscoChurch

アズレージョで覆われた教会たちに比べると地味に見えるが、

サン・フランシスコ教会は内部がスゴイ。

主祭壇、海外での布教活動中に殺された修道士たちの像、そして、

エッサイの樹と呼ばれるイエス・キリストの家系図を表現した祭壇などが、

ターリャ・ドーリャと呼ばれる樫の木に金を塗りつけた彫刻で飾られている。

彫刻の技術的芸術的な素晴らしさだけでなく、その黄金色の輝きに

目がくらみそうだ。

 

また、サン・フランシスコ教会で見逃がせないのが、エンリケ王子の

両親の結婚式の様子を描いたフレスコ画。これは、ポルトでも珍しく

貴重な14世紀の作品だとされている。

 

サンタ・クララ教会

SantaClaraChurch

アズレージョの華やかな教会に見慣れた目には、非常に地味に映る

外観を持つサンタ・クララ教会だが、その見どころは内部の木製の装飾だ。

日本の寺なら、仏像の数々も内装も木が使われていて当然だが、

石作りの教会の内部が木の彫刻像や飾りで埋め尽くされているのは珍しい。

観光客の少ないひなびた教会なので、ゆっくりと見学して独特のニオイと

色を味わいたい。

 

カイス・ダ・リベイラ

CaisdaRibeira

ドウロ川の近くのレストラン密集エリアで、昼も夜も美味しいニオイが

漂ってくる魅力的な場所だ。

 

広い路地にはたくさんの日傘が立ち、オープンエアー席でお茶や

食事を楽しむ姿が目立つ。ポルトでもおしゃれなデートコースといった

位置づけらしく、夜遅くまでにぎわっている。

 

サン・ベント駅

SanBentostation

高い天井、アズレージョの壁、大理石の床。サン・ベント駅は、ポルトの

ターミナルステーションであるだけでなく、それ自体が芸術作品であり、

歴史の教科書でもある。

 

それというのも、アズレージョの題材は主にポルトの歴史を扱っているからだ。

青だけでなく黄色や緑を使った古い時代のアズレージョもあり、建築様式の

美しさとアズレージョの芸術の両方を味わえる。

鉄道を利用しなくとも立ち寄りたい。

 

ボルサ宮

BolsaPalace

証券取引所として使われていたことから、「ボルサ(証券取引)」という名で

呼ばれるようになったらしい。宮殿というよりは商工会議所的な存在だった

のだろう。

 

内外装は美しいだけでなく、石膏の壁に木目模様を描きこんだ騙し絵的な

部分や、アルハンブラ宮殿からヒントを得たアラブの間など、興味深い内容と

なっている。見学はガイドツアー参加でのみ可能。

 

ソアーレス・ドス・レイス国立美術館

Museum

基本は近代と現代美術が中心だが、一部に中国や日本など、ポルトガルと

通商関係にあったアジアの美術品も展示されている。

中でも「南蛮渡来屏風」は17世紀の作で、ポルトガル人や彼らの服装や

所持品に対する日本人たちの興味と驚きの様子が伝わるもの。今更ながら、

ポルトガルと日本との長く深い関係に気づかされる。

 

世界一の書店「レロ・イ・イルマオン」

Bookstore

「世界一美しい」とはポルトガル人たちがこの書店を紹介する時に自慢して

使う表現。実際には「世界の素敵な本屋」の3位に選ばれたことがあるらしい。

しかし、一歩店内に足を踏み入れれば、「世界一美しい」が地元びいきな

表現ではないことが分かる。

 

木製の棚に木製の回り階段と天井の細工、見事なステンドグラス。

書店というよりは、古い大学の図書室といった感じ。本屋にここまで凝った

建物もありなのか、と変に納得させられます。

ベンチの一つもあれば、一日中座っていられそう。

 

ドウロ川クルーズ

DouroRiverCruise

ドウロ川沿いにはポートワイン工場が並んでいる。特に上流部は「ドウロ川

上流のワイン生産地域」として世界遺産にも登録されているほどだ。

ドウロ川クルーズとして有名なのは、この世界遺産地域を1日かけてクルーズ

するもの。1日のクルーズは優雅だがちょっと長すぎるという人には、もっと

手軽なミニクルーズもある。こちらは、ポルト市街エリアにかかる橋を川から

見上げていくツアーだ。

 

ポルトワイン工場

Portowinefactory

街歩きを終えたら次はもう一つのポルトの名物であるワインを味わいに

出かけよう。ポートワインはポルトで熟成されたものだけに与えられる名称だ。

蔵の在り処は、路地を歩いていれば、もうニオイが漂ってくるのですぐに分かる。

複数あるワイナリーは、見学の可不可、有無料などが異なるので要調査。

ワイナリー見学ツアーも出ているが、時間の余裕があれば、散歩がてら

覗いていってもいいだろう。

 

見学と試飲はセット。アルコール度の高いポルトワインの試飲を重ねると、

帰りはかなりの千鳥足になる。

 

最後に

ポルトガルにポルトという名の都市があることは意外と知られていない。

港を意味する街の名ポルトの通り、ローマ帝国以来港町として栄え、

ポルトガルの大航海時代には多くの船団を生み出し、世界中に送り出した。

その繁栄ぶりは、残された建造物が語ってくれる。

 

そしてポルトの名がつくもう一つの産物ワインもまた忘れてはいけない。

アルコール度数の高さに似合わぬ甘い口当たりとまったりとした喉ごし。

試飲だけでなく、美しい街を見ながら美味しいシーフードと一緒にグラスを

傾けたい。

 

そこを訪れた人しか感じることのできない感動を、写真、動画、そして言葉で

表現してみませんか?あなたの旅の話を聞かせてください。

©Go, See, Write

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パルミラの遺跡

世界で最も美しい廃墟の一つと言われるパルミラ遺跡は、シリアにある

世界遺産で、ローマ帝国支配時の都市遺跡です。パルミラはナツメヤシの

緑に包まれ、その名前もギリシャ語でナツメヤシを意味する「パルマ」から

とられたと言われています。

パルミラの歴史

古代ローマ時代、シルクロードを行き交う隊商にとって、難関の一つとされて

いた土地がシリア砂漠でした。広大なこの砂漠を通過するには、ラクダの足で

40日かかったと言われます。しかし隊商たちは、この砂漠の中央にオアシスが

あるのを知っていました。メソポタミアと地中海を最短で結ぶ交易路にある

パルミラが、隊商都市として繁栄したのは紀元前1~後3世紀のこと。

 

前64年にこの地を属州としたローマも自治権 を与えるなどして庇護し、街には

ローマ様式の建物が数多く建設されました。しかし一人の女性が、ローマ帝国との

友好関係に終止符を打つことになります。

 

パルミラ王オダエナトゥスが暗殺された267年、 実権を握ったその妻であり、

クレオパトラの末裔を自称するゼノビア女王は、皇帝のような威厳と気品に満ち

類い希な美貌を誇りました。ローマ帝国からの自立を目指した女王は、実権を

握ってからわずか5年ほどで、周辺諸国を支配下に治めました。

 

これに対して272年、時のローマ皇帝アウレリアヌスは、討伐軍を率いて出兵し、

パルミラを包囲したアウレリアヌスは初め投降を勧めましたが、ゼノビアは

応じません。そしてゼノビアはローマ帝国と真っ向から対決し、激しい攻防を

繰り広げました。 しかし強大なローマ軍の前に、力尽き、 2年後、捕虜として

ローマに連行されてしまいました。パルミラはこの戦いで徹底的に破壊されました。

のちに再建されますが、ゼノビアのいない街に栄華は戻らず、これ以降、歴史の

表舞台から姿を消すことになります。

 

ベル神殿

世界遺産 パルミラの遺跡

photo credit: via photopin (license)

ナツメヤシの林を背にしたパルミラの街は、城壁で囲まれた部分が約10km²。

最大の建造物は、街の南東奥に建つベル神殿です。ここに祀られたベルとは

「主」 を意味し、古代シリアでは土地に肥汰を もたらす最高神とされていました。

 

32年に奉献されたベル神殿は、ギリシア風の建物で、210m×205mのほぼ

正方形をなし、400本近いコリント式円柱に囲まれていました。その中央に

神像安置所を内包する本殿が建ちます。本殿が現在もほぼ原型をとどめて

いるのは、あまりの荘厳な作まいに、ローマ軍が破壊するのを躊躇したためと

いわれています。

 

世界でもっとも夕陽が美しいパルミラ遺跡

世界遺産 パルミラの遺跡

photo credit: Palmyra Sunset via photopin (license)

パルミラの遺跡は『世界でもっとも夕陽が美しい』とも言われており、夕陽に

染まった遺跡のあまりの美しさに砂漠を行きかうシルクロードの商人たちは

「バラの街」という愛称で呼びました。

 

このパルミラ遺跡は、中東三大遺跡と呼ばれると同時に中東の3P遺跡とも

呼ばれています。

 

ISに破壊されたバールシャミン神殿

世界遺産 パルミラの遺跡

photo credit: Pillars and Temple Palmyra via photopin (license)

世界遺産 パルミラの遺跡

photo credit: Temple of Baal Palmyra via photopin (license)

このバールシャミン神殿は2015年8月23日、イスラム過激派組織「イスラム国

(Islamic State、IS)」によって爆破されました。