「砂時計の恋」,9 | 作者

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自作小説


僕が木嶋と吉田先輩と別れたのは0時過ぎだった。

2人に、朝まで飲もうと誘われたが、さすがに眠気に負けて断った。
今も2人はどこかの居酒屋で酒を飲みながら冗談でも言い合っているのかもしれない。

真っ暗な空を見上げながら家路を自転車でゆっくり進んでいく。星はあまり見えない。
この時間のせいもあるのだろうか、外はとても肌寒くさっきまで火照っていた身体はすっかり冷え切っていた。
もう冬は半分顔を出していた。

県道をしばらく進み、途中一本奥に入る。アパートや一軒屋が軒並んでいる住宅街に入る。
県道よりは風が少なく自転車をこぐのも楽だった。薄明かりの街灯が等間隔で置かれていて、僕の行く先を示してくれている。

途中、イヤフォンを取り出そうと前籠に入ってあるバッグの中を片手であさったが見当たらない。すぐに音楽を聴く気分ではないことに気がついて探すのをやめた。

優衣からの電話を思い出す。

なんの電話だったのだろうか。

すぐに優衣の顔を思い出そうとしてみる。何故だかうまく鮮明に思い出せない。アルコールのせいだろうか。たしかに僕は少しふらついている。でも、顔を忘れるほど酔っ払ってはいなかった。
一生懸命、あの日喫茶店で目の前にいた優衣のことを思い出そうとする。
次第に恥ずかしくなって急に虚しさを覚えた。
次はいつ会えるのだろう。
いや、もうこのまま会えないのかもしれない。僕は優衣のことが気になって仕方がなかった。

その時、僕のポケットの中で携帯電話が鳴った。

瞬時に、胸が弾む。
「え、まじ?」

小さく独り言を呟いてポケットから携帯電話を取り出す。

着信相手の名前を見て僕は携帯電話を再びポケットにしまう。

着信音は、しばらくし鳴り続けた後に止んだ。

ふらふらと街灯から次の街灯まで進む。街灯には蛾が何匹か飛び交うよに群がっていて、時折街灯に衝突してはパチンと音を鳴らしている。

気のせいかと思ったがポケットの中で再び着信音が鳴っている。

街灯の真下で止まる。

僕は、一瞬躊躇った。


「もしもし」

「あ、もしもし、ごめん。起こしちゃった?」

「どうしたの?」
2回も電話をかけておいて起こしちゃった?は、ないだろうと言いたくなるのをグッと堪える。

「美奈子だよ。わかる?」

「携帯に登録してあるからね」

「え、嬉しい。登録してないと思ってた。ところで今何してるの?」
彼女は声を弾ませる。

「いま帰ってるとこだよ」

「じゃあ今からうちに来ない?」
彼女はあまりにも平然と言うので、うんいいよと、すぐに返事しそうになる。

「今?もうこんな時間だよ」

「私は大丈夫だよ。明日学校も休みだし。あ、真司君が明日の朝早いのかな?」

明日の早朝に特別何かがあるわけでは無かった。ただ、疲労感のせいもあり、家に帰る以外の何かをすることがとても億劫に思えた。

僕が返事に困っていると美奈子は、「私ね、今とても寂しいの」と甘えた声を出した。

頭の中で甘い誘惑がよぎる。

理性を働かせようとして僕は深く深呼吸をする。

「ねえ、お願い。来て」

美奈子は電話越しからでもわかるような色気のある声を出す。

僕は、アルコールと情けない気持ちと変な興奮で頭がどうにかなりそうだった。


電話を切ってから僕は再び自転車に跨る。

自転車に立つようにして全力でペダルを踏みしめながらこいでいく。

スピードを上げればあげるほど風は向こうから強くなる。

顔が冷たい。手が少しかじかんで来る。

途中で近くにあったコンビニに寄って温かい缶コーヒーを買う。

ふと優衣の顔が浮かぶ。
こんなタイミングでどうしてはっきりと思い出してしまうのだろうか。
わざと頭の中の思考を振り払う。


思ったよりも早く着いた。


僕は美奈子の住むアパートの前に到着していた。