「長時間労働、会社は防波堤の建設を」(神田靖美氏) | 清話会

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第5回「長時間労働、会社は防波堤の建設を」

神田靖美氏(リザルト(株)代表取締役)

■ヤマト、残業代未払いの背景

宅配最大手のヤマト運輸が、未払いになっているか残業代がないかどうか調査を始めました。
 
横田増生『ヤマト運輸は「ブラック宅急便」だ』(『文芸春秋』2017年4月号所収)によると、残業代未払いの背景には次のような事情があります。

ヤマト運輸の労働時間は自己申告制です。年間の労働時間には上限が設定されていて、それを超過すると上司から「このままでは働けなくなるよ」とか「早番(遅番)になるよ」とか警告されます。そのとおりになると車に乗る時間が少なくなって収入が減ってしまうので、社員が労働時間を実際より過少申告し、結果的に未払い残業となります。必ずしも、会社が残業を命じておきながら賃金の支払いを拒否しているということではないようです。

■残業代完全支給は実務的に困難


「残業は月○○時間以内に抑えよ」という目標を設定せずに会社を経営することは困難です。残業は本来、管理者から命じられてやるものですが、実際には社員が自分で帰宅時間を決めているケースがほとんどです。そういう体制のもとで残業を無制限に認めたら、人件費がいくらかかるかわかりません。

そのため残業時間に目標値を設定しますが、目標は常にできるかできないか半々のところに設定されます。達成できない人も出てきます。その結果、ヤマトのような警告が発せられることになります。その警告に対して、残業代よりも社員としての地位や収入を選ぶ人がいるのは当然です。

社員が目標を達成するために、労働時間を過少に申告することを排除するためには、必要な労働時間を事前に正確に予測できなければなりません。リスクに満ちた世界で、これは実務的に困難です。

事実、不払い残業は日本だけでなく、多くの社会でみられます。長時間労働の問題に関して多くの著作がある、早稲田大学の小倉一哉准教授によると、少なくともイギリス、ドイツ、オーストラリア、アメリカ、スウェーデンの各国において、一定の不払い残業が行われています(『「違法労働」の国際比較』2015年)。

■便利さへの欲求というよりモラルハザード
 
ヤマト運輸の長時間労働の背景に、消費者が過度の便利さを求めることがあるという意見があります。初めてこれを聞いたとき、送料無料や時間指定可能ということは、消費者が不買運動をちらつかせて実現させたわけではなく、宅配会社や通販会社が競争の結果導入したものなのに、奇妙な話だと思いました。しかし実態は便利さへの欲求というよりも、単なるモラルハザード(道徳災害)です。
 
前出の横田レポートは、再配達が無料であるのを良いことに繰り返し約束を破る顧客、すっぽかしておきながら「今帰ってきたんだけれど、もう一回いい?」と電話をかけて来る顧客、「5分以内に来てくれる?」という顧客、夜9時過ぎに電話をかけてきて「今から持ってきてくれる?」という顧客などの事例を紹介しています。

こうなるともう、わがままの域を超えて営業妨害です。このようなものにいちいち対応していては、労働時間の目標など達成できるはずがありません。

■会社も防波堤の建設を
 
長時間労働には、会社や上司から過大なノルマを押し付けられることのほかに、社員が会社を通さずに、顧客から直接要求を受けているケースがあります。宅配便の、利用者が会社を通さず、ドライバーの携帯に直接電話をかける仕組みはその典型です。長時間労働を是正するためには、会社がこうした状態を放置せず、時には防波堤になることも必要です。
 
ネットスーパーのSEIYUドットコムが、再配送を400円の有料にしました。しかも配達日翌日の14時までに再配送の連絡をしない場合は自動的にキャンセル扱いとなり、キャンセル手数料400円がクレジットカードから引き落とされます。これなどは「防波堤」の典型です。
 
SEIYUドットコムの制度は、注文を出す人と品物を受け取る人がほぼ同一である、ネットスーパーだからできることです。デパートのお歳暮やお中元には使えません。ヤマトの荷物の相当部分はアマゾンが占めるそうですが、アマゾンにもプレゼントとしての需要があります

。SEIYUドットコム方式をそのまま持ち込むのは難しいかもしれませんが、いずれにしても防波堤の建設が急がれます。



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神田靖美氏(リザルト(株)代表取締役)

1961年生まれ。上智大学経済学部卒業後、賃金管理研究所を経て2006年に独立。
著書に『スリーステップ式だから成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)『社長・役員の報酬・賞与・退職金』(共著、日本実業出版社)など。日本賃金学会会員。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

「毎日新聞経済プレミア」にて、連載中。
http://bit.ly/2fHlO42